【リグミの解説】
「グラス半分の水」
「Glass Half Empty or Half Full?」。9月15日の「リグミの解説」で触れた英国の劇作家ジョージ・バーナード・ショーの言葉です。グラスに半分残る水を見て「まだ半分ある」と見る楽観主義者と、「もう半分しかない」と見る悲観主義者。政府が「2030年代原発ゼロ」を決定したことを、各紙が大きく報道したことについて、コメントしました。
その後、米政府の圧力により、「2030年代原発ゼロ」の閣議決定を直前になって取りやめました。この時は、悲観派が優勢になったということでしょうか。米政府の本音は、どこにあるのでしょうか。
核不拡散の大義
朝日新聞の10月24日の15面は、「原発ゼロ、米が危ぶむ理由」というタイトルで、米戦略国際問題研究所(CSIS)所長でクリント政権の国防副長官だったジョン・ハレム氏のインタビュー記事でした。原発ゼロを米国が懸念する第1の理由に、「日本の経済を弱体化させる」ことを挙げていました。そしてより米国の利益に直結すると思われる理由が、「米国が核不拡散体制のために原発大国の日本という最強のパートナーが必要」というもの。
核不拡散は、米欧日の3極体制で進めてきました。これから原発を増やそうとしている中国、インド、ペルシャ湾岸諸国、ロシアは、核不拡散の目的をかならずしも共有しておらず、拡散防止の先頭に立って推進する国ではない、とハレムさんは言います。
しかし、歴史的には、米国は核兵器の開発を進めたインドとパキスタンを、冷戦時代のパワーバランス上の理由から容認したのではないでしょうか。両国は、「核兵器の不拡散に関する条約」の非締結国です。日本から見ると、米国は北朝鮮の核ミサイル開発に対しても、十分な抑止力を発揮したようには見えません。イランの核開発阻止には動いていますが、米国が第2次世界大戦戦後、一貫して支持するイスラエルは、核不拡散条約の非締結国です。
パキスタンの「核開発の父」カーン博士は、イラン・リビア・北朝鮮などに核兵器の製造技術を密売し、核拡散を進めたと言われます(参照:Wikipedia)。核拡散のリスクは、原発以前に核兵器というより直接的リスクとして、着実に広まってしまっています。
日本語では、「原子力発電」と「核兵器」は別の漢字ですが、英語では「Nuclear Weapon」「Nuclear Power」で共に「核」です。日本が「核」の平和利用の最強パートナーである、ということはその通りかもしれませんが、それは核問題の「半分」でしかありません。核の軍事利用の拡散こそ、「もう半分しかない」と大いに懸念し、力を結集すべきではないでしょうか。
原発から30キロ圏の意味
今日の朝日、毎日、東京の3紙の1面トップ記事は、原子力規制委が発表した新しい基準案となる「原発から30キロ圏内の緊急防護措置区域(UPZ)」と、原発事故での放射性物質の拡散シミュレーション結果についてです。今回の放射能拡散予測は、東京電力柏崎刈羽、福島第2、関西電力大飯、中部電力浜岡の4原発で、事故から1週間の総被曝線量が100ミリシーベルト超の地域が、30キロ以遠にも及ぶことを示しています。
ただし、これは米国のソフトを使って計算したもので、地形を考慮できず、1時間ごとの風向きは常に一定と仮定したものです。このため、放射性物質は平地の上空を一方向に飛び続け、風があまり吹かない方角は汚染されない計算になります(東京新聞1面)。
これを聞くと、「より悲観的」に見るべきなのか、「楽観していい」のか迷います。日本が巨費を投じて開発した「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)」の方が、より正確なシミュレーションとなるのではと想像しますが、今回は使用されませんでした。その理由は、SPPEEDIは84時間(3日半)しか計算できないから。原子力規制委は、「事故から7日間の累積被曝量が100ミリシーベルトになる距離」を必要としていたのです。
「7日間で100ミリシーベルト」の深刻度
では、「7日間の累積被曝量が100ミリシーベルト」はどのぐらいの深刻度なのでしょうか。100ミリシーベルトは、一般人が100年間に許される被曝線量です。それを1週間で被曝するのですから、集積度は5200倍という計算になります。「30キロ防災」は、そういうエリアです。対象市町村は145、人口は480万人に上ります。
これだけでも大変なことですが、素人目に考えても、30キロを超えて突然被曝線量が激減するとは想定しにくいもの。深刻な原発事故が起きたとき、7日間で100シーベルトは30キロ圏で収まったとしても、その外側ではどうなっているのか。無責任な当て勘の話は本来すべきではないのですが、たとえば50キロ圏で30ミリシーベルト、80キロ圏で10ミリシーベルトぐらいにはなるのではないか。そんな懸念があります。仮にこの数値が当らずとも遠からずだとしたら、一般人の10~30年の許容被曝線量を一週間で浴びることになります。
健全な悲観主義
10月4日の「リグミの解説」で、以下の指摘をしました。
「福島第1原発事故が起きたあと、米国は自国民に対して50マイル(80キロ)の避難勧告を出しました。最悪を想定するのが米国流とも言われましたが、実際にはこれでも楽観的な数値だったようです。原発規制委は、ヨウ素を備蓄する範囲として50キロ圏を検討しており、これだけで対象人口は30キロ圏の3倍の1370万人に増えます。さらに大都市も対象に入る80キロ圏では、対象人口はどこまで膨れ上がるのでしょうか」
過剰反応は、厳に慎みたいと思います。その上での提言です。「核」(原発=Nuclear Power、核兵器=Nuclear Weapon)に関しては、「健全な悲観主義」が必要ではないか。「グラスにはまだ半分の水がある。しかし水は着実に減っている」。
(文責:梅本龍夫)
讀賣新聞
【記事要約】 「北京の農産品展示、支援中止」
(YOMIURI ONLINE http://www.yomiuri.co.jp/)
朝日新聞
【記事要約】 「再稼働、高いハードル」
(朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/)
毎日新聞
【記事要約】 「原発避難『手段確保』2県」
(毎日jp http://mainichi.jp/)
日経新聞
【記事要約】 「デジタル家電、半年で半額」
(日経Web刊 http://www.nikkei.com/)
東京新聞
【記事要約】 「『30キロ防災』混乱の恐れ」