【リグミの解説】
北朝鮮の「建前」
どの世界にも「建前」と「本音」があります。建前とは「表向きの方針」で、本音とは「建前を取り除いた本当の気持ち」と広辞苑にあります。本日の新聞1面トップ記事は、「建前―本音」の関係で読み解けそうです。
読売新聞と毎日新聞は、「北朝鮮、ミサイル発射先送りか」。発射するのは「人工衛星」と主張するのが北朝鮮の「建前」。これに対して日本政府もマスコミも、人工衛星と称するものは「事実上の弾道ミサイルの発射実験」と断言しています。これが北朝鮮の「本音」という解釈です。
では発射先送り判断の理由は、どう解釈されているでしょうか。読売は「降雪」などが原因の可能性があり、北朝鮮の「本音」を探ることに慎重です。一方、毎日は「日米韓をはじめとする国際社会からの厳しい反応を考慮した可能性がある」とし、一歩踏み込んでいます。
年に2度ミサイル発射実験をしたことはなく、降雪など条件の厳しい冬は初めてとされる北朝鮮のミサイル発射実験は、なぜ企図されたのでしょうか。いわゆる瀬戸際外交のひとつと思われる今回のミサイル発射予告の「本音」は、何なのでしょうか。
北朝鮮の「本音」
ジャーナリストの池上彰さんによると、北朝鮮が発行する世界地図では、国交がない米国と日本は色が塗られていないそうです。
「これをどう見るか。北朝鮮は日本や米国を敵視している表れなのでしょうか。私のような意地の悪いジャーナリストは、そうは見ません。『北朝鮮は、それほどまでに日本や米国と国交を結びたいのだな』と読み解くのです」(池上彰著『この社会で戦う君に「知の世界地図」をあげよう』文芸春秋刊 P31-32)
長距離弾道ミサイルを発射するか否か、それはいつで、コースや落下地点はどこになるか。日本の防衛体制は大丈夫か。そうした喫緊の問題を速報するのは、確かに新聞のひとつの役割です。しかし、政府広報的な記事の他に、北朝鮮の「本音」に独自取材で切り込み、北朝鮮問題の長期的な解決のための「ビュー」を提供することも、同じぐらい大事なことではないでしょうか。
東京電力の「建前」と「本音」
朝日新聞の1面トップは、「被曝隠し、偽装請負認定」。東京電力は、福島第1原発事故の処理で、不正な多重請負構造はない、としてきました。しかし、東京新聞や朝日新聞が、独自取材で「線量計に鉛カバーを取り付ける被曝隠し」や、「不正な多重請負構造の中で、作業員に支払われるべき手当がピンハネされている」実態をあばきました。
今回、厚生労働省の調査により、「偽装請負」が確認され、東電への是正指導が成されました。東電は「元請各社に再発防止策を徹底させ、立ち入り調査をして確認する」と発表しました。問題はここからです。東電の「建前」は崩れました。しかし、その「本音」はまだ見えません。東電は本当に下請けの実態を知らなかったのか。あるいは知っていて「不正な多重請負構造はない」と言い張っていたのか。
「建前」だけで満足し、その奥にある「本音」を見ようとしなければ、この世の現実の姿は見えてきません。新聞各社は、今回の報道で満足せず、東電が原発事故処理の実態を本当はどう把握し、どう処理しようとしてきたのか、その「本音」をさらに掘り起こしてもらいたいと思います。
衆院選を迎えた各政党の「建前」と「本音」
そして東京新聞は、1面トップに「女性の貧困」をテーマとした調査報道を持ってきました。シングルマザーの困窮や、一人暮らし女性の職探しの困難さが、事例や統計データと共に示されています。この記事には、衆院選で各党が「女性に約束していること」をまとめています。
民主党: 「チャレンジする女性を応援」
自民党: 「2020年までに、指導的地位に女性が占める割合を30%以上に」
日本未来の党: 「結婚・出産がキャリア形成に不利にならない社会を創出」
日本維新の会: 「女性労働力の徹底活用。女性雇用率を設定」
各党は、保守やリベラルなどそれぞれの「主義」があり、「女性」や「貧困・格差」の関しても価値観や考え方、政策のアプローチに違いがあります。今回の衆院選は、前回のマニフェスト(政権公約)選挙を受けて、公約がかなり明瞭に出てくる選挙となりました。また日中、日韓関係の悪化を受けて、「憲法改正」や「防衛」のテーマが急浮上しています。各党の公約のうち、より「本音」に近いものがどれで、有権者をつなぎとめるための飾りとして付記する「建前」がどれか。表面の言葉に惑わされない眼力が求められています。
「建前」と「本音」の和解
あらためて、「建前」と「本音」とは何でしょうか。わかりやすく言えば、建前は「世の中はこうあって欲しい」という「理想」であり、本音は「実際にはそんな綺麗に物事は進まない」という「現実」です。建前は、社会を秩序立てる「あるべき姿」ですが、そうした「理想」は、常に「現実」によって裏切られるので、人々は「ほんとうの思い」を隠し持ち、実際にはそうした「本音」に従って行動しがちです。
しかし、普段感じ、意識している「本音」の奥に、もう一段深い「本音」が隠されています。私たちの心のこの無意識の層で、「本音」は「建前」と和解したいと願っています。北朝鮮は、世界の正統なメンバーとして受け入れられ、先進国並みの豊かさを享受したいと願っているでしょうし、東電もまた、原発事故以前の尊敬されるクリーンイメージの企業に戻りたいと願っているのではないでしょうか。
「建前」と「本音」を「対立関係」に留めているうちは、社会は良くなりません。「本音」が示している「現実」を掘り下げ、こういう社会にしたいという「理想」の姿を鍛えていくことで、「本音」は「建前」と和解していくことが可能になります。悲惨で厳しい現実を前に、高邁な理想を掲げ、社会変革を進めてきた歴史の事例はたくさんあります。歴史に学ぶ大切な視点が、ここにあるように感じます。
(文責:梅本龍夫)
讀賣新聞
【記事要約】 「北、発射先送り検討か」
(YOMIURI ONLINE http://www.yomiuri.co.jp/)
朝日新聞
【記事要約】 「被曝隠し、偽装請負認定」
(朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/)
毎日新聞
【記事要約】 「北朝鮮、ミサイル発射延期示唆」
(毎日jp http://mainichi.jp/)
日経新聞
【記事要約】 「電力購入、最大9割減」
(日経Web刊 http://www.nikkei.com/)
東京新聞
【記事要約】 「底辺の暮らし、光は ~非富裕層の現実(上)」