【リグミの解説】
「違い」を創る経営
ビジネスで一番大事なことは、しっかりした戦略を打ち立てることです。戦略とは、「ヒト、モノ、カネ」と呼ばれる経営資源を有効に配分し、際立った活動をすることです。経営資源は限られていますから、すべての活動を同時並行的にはできません。「違い」を創る経営。これが戦略的な経営のカギです。
スターバックス・コーヒーにおける「違い」のひとつは、徹底した禁煙です。かつてのコーヒーハウスといえば紫煙をくゆらす男性の溜まり場でした。スターバックスは、煙草はコーヒーの香りを吸着してしまうという理由で、店内禁煙を実施しました。その結果、喫煙する中年男性に代わって、煙草の煙を嫌う若い女性たちの支持を得ました。
「誰に嫌われるか」を決める
「違い」を創る経営は、言葉を代えれば、「誰に嫌われるか」を決める経営です。煙草を吸う従来のコーヒーハウスの中心顧客層を失いたくなければ、禁煙政策はできません。せいぜい分煙です。禁煙という「嫌われるポリシー」を打ち出すことで、「たばこの煙のない空間を求める人々に好かれる」という「違い」を創れます。政治は、どうでしょうか。
本日の新聞1面トップは、読売、朝日、毎日、東京の4紙が滋賀県知事の嘉田氏が結党した「日本未来の党」のことを大きく報じています。「脱原発」を掲げる政党が乱立する中、「第3極」として勢力を結集できずにいる状況に、嘉田知事は業を煮やしました。そして「卒原発」というコンセプトを打ち出し、脱原発派の結集を図りました。
「卒原発」
「卒原発」には、「代替エネルギーや、電力供給地域の経済の問題などを解決するカリキュラムを作り、原子炉から卒業していく」という意味が込められています。原発推進派の主張の基本に、「経済」(火力発電に依存することで原油コストが増大する、代替エネルギーは不安定でコスト高であり開発に時間がかかる、原発立地の経済の問題、など)があります。こうした声に応える具体的な施策を盛り込んだ脱原発でなければ、現実性がない。嘉田氏が主張する「卒原発」の「違い」がここにあります。
政治とビジネスが、単純に比較できない大きなポイントは、ビジネスが対象顧客を選別するところから始まるのに対して、国の政治は国民全体を対象にするということです。ビジネスであれば、禁煙という「違い」によって、たばこを好まない顧客を魅了できます。政治も、「脱原発」を打ち出せば、原発反対派の有権者を魅了できるという点では、一見同じに見えます。
しかし、政治は政権与党となり、法律を作り、行政を動かすことで、国全体を統べる活動です。小政党として「即時原発ゼロ」を主張するだけでは、国家を運営することはできません。そういう意味では、嘉田氏が打ち出した「卒原発」は、政権与党を目指す自覚の表れと解釈することも可能です。問題は、そのことでいつしか「違い」が不鮮明になり、「何をしたいのかわからない」、あるいは、「何でもあり」の政党になっていくことです。
複雑な世界を丸ごと受け止める
民主党は、当初は2030年の原発比率15%を想定して「国民的議論」を始めたようですが、「原発ゼロ」を求める声が予想を超えたため、「2030年代に原発ゼロ」を打ち出しました。しかし、核燃料サイクル政策は継続する矛盾を残し、新エネルギー戦略の閣議決定も見送りました。核廃棄物の中間貯蔵を受け入れている青森県六ケ所村や、原子力エネルギー政策で日本の協力を必要とする米政府に配慮した結果と言われます。
ビジネスとは、複雑な世界を単純化する活動です。「喫煙者に嫌われる」ことで成功する可能性があるのがビジネスの世界です。しかし政治は、複雑な世界の複雑さを、丸ごと受け止める活動です。「喫煙者」も国民のひとつの姿です。同様に、原発がある現状で、原発は必要だと主張する人々がいて、その主張や現実と折り合っていくのが政治です。
ブランドから物語へ
ビジネスが成功すると、「ブランド」という象徴的な価値を創り上げ、好まれ支持されますが、政治が「ブランド」を確立することはまずありません。それは、政治が常に「失望」を伴う活動だからです。選挙の際には、際立った「違い」を主張し、「ブランド」を確立する政治家個人や政党が政権を取った暁に起きることは何か。今日の政治環境では、まず間違いなく支持率の一方的低下という未来が待っています。
ではどうしたらいいのか。ビジネスにおける「ブランド」は、「違い」に共感した人々が参加するストーリーと言えます。スターバックスの顧客は、一杯のコーヒーを飲みながら、スターバックスが提供する「物語」を体験しているのです。それはしかし、あえていえば「煙草を吸わないコーヒー好き」だけのための「小さな物語」です。政治は、あらゆる有権者、国民を包含する「大きな物語」を提供しなければなりません。
国民が痛みを含めた筋書きを受け入れ、一緒に体験する「大きな物語」を創ることは、とてつもなく大変なことです。その第一歩は、軸足を決めること。物語の起点をぶらさないことです。嘉田氏の「卒原発」は、そのような「軸」になりえるでしょうか。TPPも、教育も、外交も、雇用も、社会保障も、「卒原発」という軸の同心円状に展開する。そのような「大きな物語」を創れたとき、「第3極」は、「第1極」に発展していけると思います。
(文責:梅本龍夫)
讀賣新聞
【記事要約】 「第3極、3勢力に」
(YOMIURI ONLINE http://www.yomiuri.co.jp/)
朝日新聞
【記事要約】 「脱原発新党、生活が合流」
(朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/)
毎日新聞
【記事要約】 「嘉田氏が新党、第3極二分」
(毎日jp http://mainichi.jp/)
日経新聞
【記事要約】「TPP推進、政府が判断」
(日経Web刊 http://www.nikkei.com/)
東京新聞
【記事要約】 「卒原発『未来の党』」