【リグミの解説】
言葉のイメージ
あるセミナー会場で、講師が「連想クイズ」を出しました。「『絆』からイメージできる言葉を90秒以内でできるだけたくさん上げてください。そしてグループで共通の言葉があるか、発表してください」。エクササイズの結果、3~4人のグループが9ある中で、「共通の言葉が1つでもあった」というグループは、1つだけでした。
東日本大震災が起きた2011年の「今年の漢字」にも選ばれた「絆」(参照:朝日新聞2011年12月12日)。日本人であれば、何かしら共通の思いやイメージを抱く「絆」という漢字ですが、実際には人によって連想する言葉はさまざまでした。「家族」「友人」「つながり」「愛」「あたたかさ」「信頼」「社会」など、10前後の単語が出てくる中で、2人ぐらいは一致するものが出てきます。しかし、3人とも一致、4人とも一致となると、確率はぐっと下がってしまいます。
「いじめ」という言葉
それは、ひとつの言葉に対するイメージが各人で違うからです。持って生まれた感覚(気質)の違いもありますが、育った環境や経験の違いが大きく影響します。その結果、同じ言葉を聞いても、人によって受け止め方は異なってきます。ある人が、「絆」に思いのたけを込めるとき、別の人はそこに通り一遍以上の価値を置かない、ということも起きます。「絆」を、「いじめ」に置き換えたら、どうでしょうか。
本日の朝日新聞の1面トップ記事は、文部科学省が実施した「いじめの緊急調査」の結果です。この調査の報道は、10月2日にもなされました(参照「リグミの解説」2012年10月2日)。10月の発表では半年で約7万5千件だったのが、今回の調査では、半年で14万4054件と倍増しました。2011年は1年間で7万231件でしたので、今年は4倍のペースということになります。
大幅に増加した「いじめ件数」
文科省は、「大幅に件数が増えたのは、いじめのわずかな兆候でも見逃さないとの意識が高まったから」と説明しています。しかし、「いじめ」という言葉に対するイメージや価値観もまた、人ぞれぞれです。いじめがこれだけ社会問題化しても、教育現場での受け止め方は、一様ではないようです。そう感じる理由は、都道府県別の調査結果の差が著しいからです。
児童・生徒1000人あたりのいじめ件数は、今回調査で平均10.4件で前年の2.1倍です。しかし、10人以上の県が13ある一方で、3人以下が12県あります。最高は、鹿児島159.5人(2011年2.0人)。最低は、福岡の1.0人(2011年1.2人)。これだけ極端なばらつきがあると、鹿児島は「大袈裟?」、福岡は「隠蔽?」という反応も出てくるかもしれません。
「客観性」から「主観性」へ
今回の緊急調査は、これ以上いじめの犠牲者を出さないためのものです。個人面談やアンケートなど、調査方法は自治体によって異なっています。鹿児島県は、「軽微と思われることでも積極的に把握し、1件でも多く発見し解決する学校こそが信頼されるという認識で徹底した結果」といいます。逆に、認知件数の低い自治体は、「いじめられた」と回答したケースでも、学校の調査で「いじめに当たらない」と判断したケースが多かったそうです(毎日新聞3面)。
ここに、いじめ問題に対応するひとつのヒントがあると思います。広辞苑で「いじめ」を調べると、「いじめること。特に学校で、弱い立場の生徒を肉体的または精神的に痛めつけること」とあります。現在の文科省の定義は、「一定の人間関係のある者から心理的、物理的な攻撃を受けたことにより精神的な苦痛を感じている」というもの。かつては「継続的な攻撃」「深刻な苦痛」という表現がありましたが、2006年に外しました。「いじめ」の定義が、いじめ行為の有無という「客観性」よりも、精神的な苦痛という「主観性」に移っているのです。
「思い」に寄り添う
そういう意味で、鹿児島県の取り組みには先見性があると思います。教師などから見ると、「遊びの一部」や「軽いけんか」にしか見えないことでも、本人は「いじめられた」と感じている可能性があります。子供は自ら「いじめられた」とは言いません。だからこそ、教師や親は、子供たちの「思い」に寄り添う必要があります。大したことはない、普通のこと、と思えても、子供たちは心の内側に苦しみを抱え込んでいる可能性があります。
そして実は、心の内側に苦しみを抱え込んでいるのは、「いじめられる側」(被害者)だけでなく、「いじめる側」(加害者)にも当てはまります。さらには、「見て見ぬふりをする側」(傍観者)も同様です。いじめ問題は、閉鎖的なコミュニティー全体の課題なのです。教師も、親も、いじめ問題の「当事者」として、まずは子供たちの心の奥にしまいこまれた「思い」に寄り添うこと。それがいじめ問題に対応する大切な姿勢です。
教育の原点
冒頭のセミナーは、元NHKのアナウンサーが主催する「質問力アップ」の講座でした。3000人以上のインタビューを経験する中で、難しい取材先にもたくさん遭遇しました。そうした体験で、同じ言葉でも、人の反応はさまざまだと知り、「質問力」を高めました。その要諦は、相手の立場に立つこと。自分と違う価値観や感覚の人を受け入れ、好奇心を持ち、その人がしてきたことや語ることに共感する。
持って生まれた性格や育った環境や経験の差が価値観の違いに現れます。しかし、そうした「違い」の奥に、人間性の本質的な共通性があります。だから人は分かり合えるのです。ちょっとした「違い」を異質なものとして排除したり、いじめたりするのでなく、「違い」の奥にあるものに目を向け、「共感」する。この体験こそ、教育の原点ではないでしょうか。
(文責:梅本龍夫)
讀賣新聞
【記事要約】 「第3極、二分化鮮明」
(YOMIURI ONLINE http://www.yomiuri.co.jp/)
朝日新聞
【記事要約】 「いじめ、半年で14万件」
(朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/)
毎日新聞
【記事要約】 「人質5人、立てこもり」
(毎日jp http://mainichi.jp/)
日経新聞
【記事要約】 「デジカメ販売1000万台減」
(日経Web刊 http://www.nikkei.com/)
東京新聞
【記事要約】 「核燃料サイクル、矛盾棚上げ ~レベル7」