【リグミの解説】
存在を消す
ドキュメンタリー映画『100,000年後の安全』は、フィンランドの核廃棄物の地下最終処分場「オンカロ」の建造が決定されるプロセスを関係者の証言で追います。核のゴミが安全になるには、10万年かかります。それはどれぐらいの時間なのか。映画の中で「オンカロ」の政策決定者たちは、確実にやってくる氷河期のことを語ります。それぐらい遠い将来、果たして人類は生き残っているのか。生きていたとしても、コミュニケーションは取れのか。10万年前といえば、ネアンデルタール人が生きていた時代です。10万年後の人類は、どうなっているかわからない、という想定はリアリティーがあります。
フィンランドの責任者たちは、あらゆる可能性を想定したあと、「オンカロ」が極めて危険な場所であることを正しく伝えることは不可能だ、という結論に達します。そして、地下に核廃棄物の最終処分場があることを示す痕跡を、すべてなくすことを決定します。「オンカロ」とは、フィンランド語で「隠れた場所」という意味ですが、この映画を観て、「存在を消し、やがて無となる」というニュアンスも感じ取りました。
原発か風力か
本日の新聞1面トップは、朝日新聞と日経新聞が原発に関連する記事です。朝日は、「風力購入、過小に設定」というタイトルで、6電力会社が原発を100%稼働することを前提に、風力発電の買い取り上限を設定していたことを問題視する記事です。
原発は、いったん稼働すると発電量の微調整ができません。このため、電力需要の安定的基盤を原発が担い、ピーク時対応など、発電量の調整は、火力などが担います。風力は、一定の出力を維持できないので、電力会社が買い取るときは、火力を調整します。原発を過去の実際の稼働率であった60~80%と想定すると、火力の調整幅が増え、結果として風力の買い取り枠が増大する、というのが記事に趣旨です。
この記事を読むと、電力会社は、原発を軸とした自前の発電体制を堅持したい、風力などの再生可能エネルギーの買い取りはできるだけ抑制したい、という考えが強いことをうかがわせます。
自家発電量は既に原発並み
一方の日経は、電力会社が原発主導の発電体制を堅持したいのだとしても、すぐには原発の再稼働が望めない現実を前提に、経済活動のルールをどう変更するか、という視点の記事です。
現在の送電規制では、自家発電設備を持つ企業が、グループ会社などに送電する場合に、需要の100%を賄うことを条件としています。経産省は、この規制を50%まで緩和する方針を打ち出すそうです。「企業は、原発が再稼働が見通しにくい中、電力会社の供給力だけに頼りにくい面もあり、電力需給の安定には、節電努力に加え、自家発電装置の上積みが重要になる」、と日経の記事は締めくくっています。
東日本大震災後に、企業が自家発電を相次いで増強しました。ガス火力が中心の自家発電は、既に5600万キロワットの供給量があり、電力全体の2割程度にあたるそうです。20%と言えば、3.11以前の原発の発電比率です。
リスクとリターン
企業は、リスクをできるだけ限定し、リターンは可能な限り拡大したいと考えます。自家発電の増強は、リスクを限定したい企業の思惑の結果ですが、大災害などの有事に備えた設備は、平時には電力会社からの電力購入を減らすなどの有効活用をし、できるだけリターンを増やしたいと考えるのは、自然なことです。そういう意味では、経産省の規制緩和が50%に留まっているのは、電力会社の経営安定を優先したもので、自由な経済活動の恩恵に依然として蓋をしているものと言えます。
その電力会社ですが、企業マインドはどのあたりにあるのでしょうか。原発を最大限維持することで、「リスクを最小化し、リターンを最大化」したいという考えが、朝日新聞の記事の背景にもあると思います。そのマインドは、一見自然なことのように見えます。しかし電力会社は、果たして原発のリスクを正しく想定しているのでしょうか。脱原発を決意したドイツのシュレーダー前首相は、「原発はミスに寛容でない」と語っています。確率が低くても、一旦事故が発生すれば、被害の大きさは目を覆うものがあります。そして人間は、ミスを犯すものです。
原発の本当のリスク
しかし、原発の本当のリスクは、核のゴミにあるのではないでしょうか。世界中で、フィンランドだけが核廃棄物の最終処理を決定し、具体的に動いています。日本は、地下埋蔵を前提にしていますが、実際には場所が決まっていません。
そんな中、極めて深刻な提言が発表されました。日本で最高の学問的権威を持つ組織といわれる学術会議が、「原発の高レベル放射性廃棄物の処分について、深い地層に埋める現行の政策を『いったん白紙に戻すくらいの覚悟』を持って見直すことが必要」とする提言をまとめ、原子力委員会に提出しました(参照:日刊工業新聞)。現代の科学では、活断層が見つかっていなくても地震の可能性があること、さらに地震によって地下水が地上に吹き出す可能性も予測不能であることが、主な理由です。
そして、地上の核廃棄物の一時貯蔵設備は、日本全体で満杯の7割まで来ています。高レベル放射性廃棄物の最終処分に関する専門家であった多摩大学大学院教授のい田坂広志氏は、「『原発ゼロ社会』は選択の問題ではない。不可避の現実である」と警告しています(参照:日経ビジネスオンライン)。
電力会社に本当のリスクマインドがあれば、原発を用意周到に終息させ、できるだけ早く再生可能エネルギーなどに代替していくことが、結局はリターンの最大化につながることを理解できるはずです。
好奇心という希望
「オンカロ」の責任者たちが、地下埋蔵された核のゴミのリスクを警告するコミュニケーション手段を断念した理由は、それが通じなくなる可能性を想定したからだけではありません。人間(あるいは人間のような知性をもった生物)は、好奇心が旺盛で、「ここに何があるのだろう?」と探求したくなる可能性があるからです。だから、忘れ去られ、無になるのが良い。
でも、ここに希望があります。人間を人間らしくしている根本に好奇心があります。「核のゴミってどうなっているんだろう?原発を続けると、最後はどういうことになるのか?」この大きなテーマに蓋をせず、生来の好奇心で探求し続ければ、かならず未来を切り開く扉が見えてくるはずです。原子力エネルギーというパンドラの箱を開けた人類は、その箱の底に残るものを、純粋な好奇心で覗き込む時を迎えています。
(文責:梅本龍夫)
讀賣新聞
【記事要約】 「再生医療実現、国に責務」
(YOMIURI ONLINE http://www.yomiuri.co.jp/)
朝日新聞
【記事要約】 「風力購入、過小に設定」
(朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/)
毎日新聞
【記事要約】 「通学路30%、歩道なし」
(毎日jp http://mainichi.jp/)
日経新聞
【記事要約】 「企業の自家発電を拡大」
(日経Web刊 http://www.nikkei.com/)
東京新聞
【記事要約】 「『ごみ屋敷』解消、支援条例制定へ」