【リグミの解説】
ノーベル賞がもたらす効果
本日の新聞1面トップは、読売と毎日が「EUにノーベル平和賞」です。朝日、日経、東京も、1面の2番記事で大きく報道しています。
昨日の「リグミの解説」で、ノーベル文学賞が村上春樹氏でなく中国の莫言氏に決まった結果、報道の優先順位が下がったことに触れ、ノーベル賞をもっとグローバルな視点で報道すべきではないかと指摘しました。中国では、文学賞で「中国が日本に勝った」というとらえ方もされているという記事がありました。
ノーベル賞が世界に冠たる名誉ある賞であるため、これが「国威発揚」の道具にされる面もあります。日本も、山中教授のノーベル賞受賞に沸いています。日本の科学技術力や研究開発基盤が評価されることは、嬉しいことです。自信につながり、もっと次を目指そうという励みにもなります。
中国人は今、中国の伝統文化や文学の歴史が認められた、と感じているようです。ノーベル賞が、科学分野を含めて、伝統的に西洋的判断基準で付与されてきたことを考えれば、文学賞が同じアジアの作家に付与されたことは、世界の「多様性」と「普遍性」の評価として、喜ばしいものがあります。
ノーベル賞のメッセージ
「多様性」の評価とは、「世界には多くの豊かな個性、表現方法、異なった文化や伝統があり、それぞれに価値がある」、というものです。そして「普遍性」の評価とは、「地域や民族や伝統による違いの奥に、人間性の普遍的な価値観や共感のベースがある」とする考え方です。
その観点でEUの平和賞受賞を見ると、「普遍性」に力点を置いたものだと言えます。欧州経済危機が叫ばれる今、EUは失敗だったのではないかという論調もあります。そうした中、ノーベル賞委員会は、EUの普遍的な価値は「平和と和解」にあるというメッセージをあえて発信したのだと思います。
EUが拠って立つ価値観
EUの大元は、1952年に発足した欧州石炭鉄鋼共同体です。「恒久平和を築くには複数国で資源を管理するしかない」(読売2面)と考え、対立していた独仏の和解を促進したのが始まりです。ナチスという過去を反省し、国家犯罪の追求を続ける戦後のドイツと、「ナチス後のドイツを受け入れる」と胸襟を開いたフランスが、今もEUを推進するエンジンになっています。
EUは、共通の理念・価値基準・行動規範として、「自由」「民主主義」「人権の尊重」「法の支配」を尊重しています。そのことで、加盟各国に「多元的共存、無差別、寛容、正義、結束、男女の平等」がもたらされるとします(参照Wikipedia)。
ギリシャ、スペイン、ポルトガルがそれぞれ軍事独裁を脱し、民主化した上でEUに加盟したこと、旧東欧諸国も民主主義を受け入れて加盟したことを見れば、EUが「普遍性」の基盤となったことは間違いないと思います。
(参照:読売新聞2面、「リグミの解説(2010年10月7日」)
ノーベル平和賞の政治的意図
ノーベル平和賞は、その時々の政治的意図があって付与されると言われます。オバマ大統領には、核廃絶の理念に期待しての授与であり、中国の劉暁波(リュウ・シャオボー)氏に対しては、中国の人権抑圧的な姿勢を諌(いさ)める意図があったと思います。
莫言氏は、中国政府による勾留が続く劉暁波に自由を、と発言しています。ノーベル文学賞受賞に沸く中国は、2年前にノーベル平和賞受賞を受け入れなかったことに、どう対応していくのでしょうか。莫言氏の文学賞が、「多様性」の奥にある人間の「普遍性」の評価に基づくように、劉暁波の平和賞もまた、中国が受け入れていくべき普遍的価値観の方向性を示唆したものだと思います。
日本の役割
EUの理念の根幹にある「平和と和解」は、領土問題に揺れる東アジアにとって、今一番耳を傾けなければならないメッセージです。世界中でナショナリズムが勢いを増し、100年前の帝国主義的なパワーゲームが再び台頭するように見える今日、60年の歳月をかけて追求してきたEUの理念・価値基準・行動規範は、人類の大きな成果であると思います。
戦後60年以上貫いてきた日本の「平和主義」も、等しく大きな価値です。しかし、日本の戦後は、「一国平和主義」に留まってきた面も否めません。厳しく言えば、「一国平和主義」が、自国の利益のみを追求し他国を顧みないとすれば、それは「帝国主義」の裏返しでしかありません。控え目に言っても、精神的な意味で「鎖国政策」を続けてきたと言うべきでしょう。
日本の次の一歩は、「平和」を「和解」とひとつのものにするイニシアティブの発揮にあります。東アジアの次の60年に向け、日本が果たさなければならない役割は、とても大きいものがあります。最初の一歩として、日本を挙げて、莫言氏のノーベル文学賞受賞を喜び、中国に祝賀のメッセージを送りませんか。
(文責:梅本龍夫)
讀賣新聞
【記事要約】 「EUにノーベル平和賞」
(YOMIURI ONLINE http://www.yomiuri.co.jp/)
朝日新聞
【記事要約】 「『復興名目』予算、見直し」
(朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/)
毎日新聞
【記事要約】 「EUにノーベル平和賞」
(毎日jp http://mainichi.jp/)
日経新聞
【記事要約】 「ルネサス出資2000億円に」
(日経Web刊 http://www.nikkei.com/)
東京新聞
【記事要約】 「自衛隊機にも復興予算」