【リグミの解説】
山中教授ノーベル賞
本日の新聞1面トップは、読売、朝日、毎日、日経、東京の5紙とも「山中教授のノーベル賞」を大きく報道しています。データを見ると、ノーベル医学生理学賞の受賞者は、7割以上が30代までの研究業績が評価されたものです(1987~2006年までの43人の分析、参照:文部科学省)。山中教授は、2006年の研究発表が評価された受賞ですので、40代半ばの業績となります。何より、研究発表から受賞まで6年という異例の速さが注目されます。
山中教授は、ロベルト・コッホ賞、ラスカー賞、ミレニアム技術賞、紫綬褒章、日本学士院賞、恩賜賞、京都賞など多数を受賞し、2008年の米誌タイムの「世界で最も影響力のある100人」にも選ばれています。しかし、業績を称えられるたびに、「まだひとりの患者さんも救っていない」と臨床応用への熱意を語ってきました(読売1面)。
ノーベル賞が決まっても、「私たちの本当の仕事はしっかり研究を進め、iPSの医療応用を果たすこと。これからも本当の仕事を進めていかなければならないと思った。難病を持っている患者さんには、希望を捨てずにいてほしい」(毎日1面)と語ることを忘れない山中さんに、研究者としての矜持と医者として志の高さを感じます。
日本の研究環境づくり
「名目上、私に贈られたことになっているが、日の丸のご支援がなければ、こんな賞は受賞できなかった。まさに日本という国が受賞した賞だと感じています」(朝日1面)。
山中教授は、米国留学から戻ったあと、日本の研究環境の劣悪さに絶望し、臨床医に戻ることも考えたそうです(毎日新聞「余禄」)。世界中の研究者が、潤沢な資金と恵まれた研究環境に惹かれ、米国などに渡る中、山中教授は、日本で研究開発を続けました。
自分ひとりのことを考えるのでなく、国全体の研究環境の底上げと、未来の世代の育成まで考えてのことだと思います。決して潤沢でない研究資金を集めるために、積極的に広告塔の役割も担い、相手が門外漢であれば専門用語を一切使わず、iPSの意義をわかりやすく説明。今年3月には、京都マラソンの完走を条件にiPS基金への寄付を呼び掛けると、約1000万円が集まったそうです(東京新聞「筆洗」)。
日本の復興と再生は、山中教授のような志の人々のコミットメントによって加速していくのではないかと勇気づけられます。
ノーベル賞の歴史
ノーベル賞をオリンピックのようにとらえ、受賞者数の多さを先進度、文明度、文化度の高さとみなす感覚があると思います。今回の5紙の報道もすべて、日本人で19人目といった報道をしています。
ノーベル賞などは、欧米中心の賞であり、研究成果も欧米の専門書掲載が条件だと思います。歴史的に見て受賞者に国・地域の偏りがあるのは致し方ないでしょう。今後は、中国やインドなど、人口が多く経済が発展していく国や地域から、多くの優秀な研究者が出てくることと思います。
アインシュタインがノーベル賞を受賞したのは、90年以上前の1921年。受賞理由は「光電効果の発見」でした。アインシュタインが構築した相対性理論については、「人類に大きな利益をもたらす様な研究と言えるのかと言えば疑問」との声があり、更には「ユダヤ的」とするノーベル物理学賞受賞者らの批判があったそうです。ノーベル賞委員会は、これらの批判を避けるために、光電効果を受賞理由に挙げました(参照:Wikipedia)。
人類史的な視点
今日、アインシュタインがドイツ人であることを何人が意識しているでしょう。ましてユダヤ系であることを否定的に見る理由はどこにもありません。アインシュタインの発見は、まさに人類史に輝く成果であり、狭量な国家主義(ナショナリズム)や民族主義を軽々と超越しています。
アインシュタインは、光速度一定の原理により、時間の進み方は相対的であることを理論的に明らかにしました。それは人間の時間観念と空間観念を覆し、意識をシフトするものでした。
山中教授のiPS細胞は、細胞は受精卵の状態に戻らないという常識を覆しました。細胞が若返るという事実に、「タイムマシンに乗ったようだ」と世界は驚愕しました。山中教授の研究成果も将来、アインシュタインにも匹敵する人類史的成果と評価されるようになるかもしれません。
時間は一定方向に進み、肉体は老化し続けるという観念をも覆す可能性を秘めたiPS細胞。そこには、「肉体と精神」とは何か、という壮大な哲学的・倫理的テーマも抱えています(参照「リグミの解説2012年10月6日」)。今後、iPS細胞の研究と臨床への応用は、世界規模で加速していくと思います。90年後、100年後の世界は、2012年のノーベル賞を振り返り、あそこが人類史の転換点になったと語るのでしょうか。
(文責:梅本龍夫)
讀賣新聞
【記事要約】 「山中教授ノーベル賞」
(YOMIURI ONLINE http://www.yomiuri.co.jp/)
朝日新聞
【記事要約】 「山中教授ノーベル賞」
(朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/)
毎日新聞
【記事要約】 「山中伸弥氏ノーベル賞」
(毎日jp http://mainichi.jp/)
日経新聞
【記事要約】 「山中氏にノーベル賞」
(日経Web刊 http://www.nikkei.com/)
東京新聞
【記事要約】 「山中教授ノーベル賞」