【リグミの解説】
iPS細胞の可能性
生命科学の研究と開発の現場が大きく進歩し、「命の再生」がリアリティーをもって語られる時代がすぐそこに来ています。
本日の日経新聞の1面トップは、「iPS細胞、効率よく作製」という記事です。再生医療の本命とされるiPS細胞(人口多能性幹細胞)は、がん化の問題があるため、良質なiPS細胞を選別し培養する必要があります。細胞を確実に選別し、効率よく増やす専用装置を作れば、品質の向上、コストの低減、時間の効率化、細胞の大量のストックといったメリットが考えられます。
京都大学iPS細胞研究所長の山中伸弥教授は、iPS細胞による難病治療や新薬開発の可能性として、「パーキンソン病、脊髄損傷、心筋梗塞、糖尿病などに対する細胞移植治療への有望な資源」と語っています(参照:nikkei.com)。iPS細胞は、研究段階から臨床の現場に応用され、さらにビジネスとして大きく拡大していく可能性も見えてきています。
iPS細胞は、一人でも多くの患者を救いたい、という医療現場の願いを実現する切り札になる可能性があります。しかし、そこに留まらない本質的な命題をも秘めています。それは、生命とは何か、というテーマです。
生命とは何か
山中教授は講演で心臓疾患への応用を例に出し、iPS細胞で培養した心臓の組織は、自己の遺伝情報を保持したまま、胎児として母親のお腹の中にいたときの心臓に戻る、と語ります。ということは、いずれ研究開発が進めば、古くなったり、機能障害を起こした自分の臓器を、真新しい状態の「コピー臓器」と入れ替えることも可能となるでしょう。いや、全身の組織を若かったころに総入れ替えする人々も出てくるかもしれません。
昨日の朝日新聞は1面トップで、京大のチームがマウスのiPS細胞から卵子をつくることに成功した、と伝えています。同チームは昨年、マウスのiPS細胞から生殖が可能な精子もつくったとのことですので、理論上は精子ができない男子と卵子ができない女性が、皮膚細胞などをもとに自己の遺伝情報を継承する子供をつくる道が開かれたと言えます(「新聞1面トップ記事2012年10月5日」)。
iPS細胞が切り開く未来は、今までとはまったく異質なものになっていくかもしれません。人類が神話として想像してきた世界が実現するかもしれないのです。ギリシア神話の世界では、神々は永遠の命を謳歌し、好きなときに若い状態に戻ります。自分の分身をいくつもつくったり、自己の似姿である人間を創造したりします。命を自在に操るのが神の特権ともいえます。人間は、そうした神々の姿に憧れてきました。近未来の人類は、この領域に踏み込んで行くのでしょうか。
神話を生きる時代
古代メソポタミアの神話、ギルガメシュ叙事詩は、世界最古の物語と言われています。この物語の主人公のギルガメシュ王は、大変な暴君でしたが、無二の親友を失い、命のもろさと死の恐ろしさを自覚します。そして、永遠の命を求めて旅立ちます。ギルガメシュは、苦難の末に、神の助けを得て不死の薬草を手に入れましたが、目を離したすきに蛇に盗まれてしまいます。不死を得そこなったギルガメシュは、失意の内に都に戻っていきました。一方、薬草を食べた蛇は、永遠に脱皮を繰り返す存在になりました。
人類の最初の物語で、人間が永遠の命を得そこなうという結末は、象徴的です。インドの神話では、この蛇は人間の体内に宿り、肉体のエネルギーを精神のエネルギーに変容していく存在ととらえています。永遠の若さ、永遠の命は、肉体という乗り物で決められるか、それとも精神の活動において成就していくのか。科学が高度に発展する現代は、逆説的に神話を生きる時代になっています。肉体と精神という古くて新しい二元論のテーマを、科学技術の進歩によって期せずして「永遠の肉体」を得てしまう前に、よく考察しておくのが良いかもしれません。
(文責:梅本龍夫)
讀賣新聞
【記事要約】 「生活保護10市区から1000万円」
(YOMIURI ONLINE http://www.yomiuri.co.jp/)
朝日新聞
【記事要約】 「復興予算で官庁改修」
(朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/)
毎日新聞
【記事要約】 「上関原発計画、白紙も」
(毎日jp http://mainichi.jp/)
日経新聞
【記事要約】 「iPS細胞、効率よく作製」
(日経Web刊 http://www.nikkei.com/)
東京新聞
【記事要約】 「世界に誇れる文楽教えよう ~ドナルド・キーンの東京下町日記」