【リグミの解説】
労働と生活
「働かざるもの食うべからず」。よく聞くこの言葉、どう解釈しますか?
本日の新聞1面トップ記事は、朝日と毎日が厚労省が発表した「生活保護制度の見直し案」についてです。生活保護の受給者が211万人を超え、過去最高を更新しています。年間予算は3.7兆円です。不正受給の問題や、扶養義務者が面倒をみない事例が社会問題化したことが背景にあります。逆に、生活保護を受けたくても受付窓口で事実上断られたり、保護を求めることを遠慮して命を危険に晒す事例も報道されています。
生活保護制度は、「労働」と「生活」の間に存在する安全網(セーフティーネット)といえます。基本的に、人は労働の対価を得て生活をします。これが世の中の大半の人々の姿です。「普通生活者」のセグメントであり、「働くことで食える」状態です。一部の何らかの恵まれた理由で、働かなくても生活ができる人々もいます。「有閑生活者」のセグメントであり、「働かなくても食える」状態です。
生活保護受給の問題
問題は、これ以外のケースです。大雑把に言って、①「働きたいのに働けない人」、②「働きたくなく働けない人」、③「働けるのに働かない人」の3つのケースが考えられます。
①の中には、生活の行き詰った高齢者や、就職が困難な母子家庭や、厳しいな介護生活を続ける家庭などが考えられます。②は、心身の状態に何らか不全や病状・障害があり、働く能力と意欲を失っているケースです。
日本国憲法は、第25条に「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と謳っています。こうした人々に、「働かざるもの食うべからず」と言うのは、「自助」の価値観の押し付けであり、生活者の切り捨てになります。
同時に、①の「働きたいのに働けない人」の中には、就労機会が得られず、やむを得ず生活保護に頼っている「現役世代」人たちがいます。これがリーマン・ショック後に特に増大したようで、毎日新聞によると、保護受給者のうち約30万人がこの層となります。この層の就労機会と就労意欲を引き出すことで、増え続ける生活保護負担を軽減したい、というのが厚労省の意図だと思います。
働く意欲とセーフティーネット
生活保護制度で一番問題となるのが、③の「働けるのに働かない人」の扱いです。社会問題として注目を集めたのもこのセグメントでしょう。明らかに意図的な不正受給者は論外であり、ここは制度の運用で正すべき部分もあります。しかし運用では不十分なために、制度を改革するというのが今回の方針ですが、それは結果として①や②のケースにまで悪影響を与える可能性があります。
セーフティーネットは、ぎりぎりの生活をしている人々のためだけにあるのではありません。セーフティーネットは、実は国民の大半となる「普通生活者」にとってこそ、必要なのです。なぜかというと、社会の安定と発展が、そこから生まれるからです。
社会の安定は、「安全」(物理的な実態)と「安心」(心理的な状態)によって生まれます。そして社会の発展は、「機会」(物理的な可能性)と「希望」(心理的な可能性)によって生まれます。何らかの理由によって、困窮した人々が、救済されないとしたら、世の中はどうなるでしょうか。あるいは、新しいことに挑戦し、武運つたなく失敗した人が、2度と浮上できないとしたら、人々はどういう行動を取るでしょうか。
傍を楽にする
本当のセーフティーネットとは、国民が広く共有できる大きな合意事項として、意識されるべきものです。それは、「どんな社会を創りたいか」という私たち国民のビジョンや構想にかかっています。
「働く」の意味は、「傍(はた)を楽にする」だと聞いたことがあります。「傍を楽にする」とは、「利他の心」であり、労働の尊い価値です。働ける幸福を享受する者(「自利」)が、働けない者を支える(「利他」)ことで、社会は深みと広がりを得ます。
生活保護制度の問題は、多様な生き方を受け止められる社会、生きる希望を持てる社会、助け合って共に成長していける社会とはどのようなものか、私たちに問いかけているのだと思います。
(文責:梅本龍夫)
讀賣新聞
【記事要約】 「民・自、解散にらみ新体制」
(YOMIURI ONLINE http://www.yomiuri.co.jp/)
朝日新聞
【記事要約】 「扶養困難、親族に説明義務」
(朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/)
毎日新聞
【記事要約】 「就労努力に加算金」
(毎日jp http://mainichi.jp/)
日経新聞
【記事要約】 「対中ビジネス減速」
(日経Web刊 http://www.nikkei.com/)
東京新聞
【記事要約】 「『新増設せず』骨抜き」