【リグミの解説】
中国の建前と本音
本日の読売新聞の1面トップは、尖閣諸島問題を打開するため開催された、日中の外務次官による協議の様子を伝える記事です。詳細は明らかにされていませんが、相当に厳しい応酬があったようです。昼食を含めて4時間に及ぶ会議でしたが、双方が自分の立場(=建前)を主張する内容だったようです。外相会談を日本側が提案し、中国側が回答を保留したことことからも、次につながる一手が見つからなかったことがうかがえます。
ただ、中国側が、間接的な表現で、1978年に鄧小平副首相(当時)が言及した尖閣諸島の「棚上げ」に戻ることを求めたことに注目しました。少なくても中国外務省レベルでは、これ以上対立が激化することを回避したい、との意向(=本音)があるのでしょう。
日本に伝わる情報の多くは、中国共産党の指導者の中にある強硬論や、人民解放軍の動向など、対立を煽るかのような内容が少なくありません。日本国内も、戦争となる可能性を想定した強硬な議論も散見され、まことにきな臭い雰囲気が漂っています。そんな中、外交の現場で、互いが折り合える現実的な着地点を探ることは、大切です。建前から本音にギアを入れ替えるタイキングを探るのが、実務者の役割ですので、粘り強い交渉を期待したいです。
日本の建て前と本音
ただ、日本が尖閣国有化を取りやめることは、尖閣の実効支配の事実を放棄するメッセージとなる可能性があり、現状では相当に困難だと思います。同様に、中国側も、日本が国有化を取りやめただけで、以後尖閣問題を「棚上げ」にすることを国内世論が許すとは考えにくいからです。2010年の海上保安庁と中国漁船の衝突事件以来、火種を抱え続けてきた尖閣問題は、石原都知事が引き金を引いた国有化の動きで、「覆水盆に返らず」の状況になりました。
尖閣諸島問題の「棚上げ」は、領土という困難な問題を国家レベルの危機的関係に高めない知恵でした。しかし、「日中友好」という「建前」同様に、「棚上げ」は賞味期限を過ぎたと思います(参照「リグミの解説9月24日」)。昨日の「リグミの解説」で、民主党党首に再選された野田首相に対して、「説明責任を果たせる政治」「決められる政治」「約束を守る政治」の3点セットの重要性を指摘しました。これは、日中韓の領土問題にも、当てはまります。
韓国に対しては、「竹島の領土問題」を主張し、中国に対しては「尖閣諸島の領土問題は存在しない」と主張することは、明らかに矛盾であり、これほど対立が先鋭化した以上、「説明責任を果たしていない政治」の典型と言わざるを得ません。
東アジアにおける「次の一手」
新しい時代の外交がどういうものであるべきか、今はまだ見えて来ていません。新しい形の帝国主義が世界中で台頭してきている、という指摘も論壇などで成されています。そうした中で、紛争を回避するにはどうしたらいいのでしょうか。「棚上げ」をしても、日中韓の構造問題を解決しない限り、時限爆弾を抱え込ままに等しく、真の安定からはほど遠いものです。
人類は、喧嘩を回避するために社交を、戦争の代わりになるものとしてスポーツを発明しました。社交もスポーツも、明確なルールがあり、評価し判定する第3者がおり、大勢の人が舞台や土俵に上り、一緒に祭りのように楽しみます。次は、外交がそうした舞台や土俵を作り、2国間のつばぜり合いを、衆人環視のゲームやスポーツに変容させ、ルールに基づいた着地点を合意する時代になれないでしょうか。
新しい時代のグローバルな「衆知主義」(多国間で知恵を出し合い、チームプレイで問題解決する仕組み)を、模索すべき時期に来ています。綺麗事の理想論や夢想ではなく、戦争は「Lose-Lose」に終わるというリアリズムに基づいて、人類の進歩を愚直に追求する。今、欧州危機に揺れるEUですが、欧州における戦争を回避しようと言う理想のために、何十年にも渡って取り組んできたEUの歴史は、尊い先例です。東アジアが人類に提示できる「次の一手」が、きっとあるはずです。
(文責:梅本龍夫)
讀賣新聞
【記事】 日中、打開へ協議継続
(YOMIURI ONLINE http://www.yomiuri.co.jp/)
朝日新聞
【記事】 5月18日、尖閣購入に踏み出した
(朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/)
毎日新聞
【記事】 安倍、石原氏「2位」激戦
(毎日jp http://mainichi.jp/)
日経新聞
【記事】 中国リスク、市場揺らす
(日経Web刊 http://www.nikkei.com/)
東京新聞
【記事】 再生エネ、企業参入阻む ~レベル7(4)