【リグミの解説】
デモと戦争
戦争はなぜ起きるのか。事件が引き金となって戦争が起きた例として、第一次世界大戦を引き起こしたサラエボ事件があります。満州事変は、81年前の9月18日に起きた柳条湖事件がきっかけとなりました。
今朝の朝日、毎日、日経の3紙は、1面トップで中国の反日デモの拡大を詳報しています。デモは、大義名分となる行事や記念日を引き金に、急拡大し過激化する可能性があります。デモと戦争は、本来別物です。しかし、背景にある集合的な感情は、時に驚くほど似通うものとなります。
作家の半藤一利氏は、1931年(昭和6年)の満州事変勃発当時、中国各地に排日ナショナリズムが火を噴いていた、と言います。「現在の尖閣諸島国有化への反日デモを見るにつけ、当時の反帝国主義の盛り上がりと根っこは同じだと思う。新興国ゆえの国を愛するというアイデンティティーが、反日という感情に結びつきやすいのだ」(毎日新聞2012年9月16日朝刊3面)。
英「エコノミスト」誌編集部が先ごろ発刊した『2050年の世界』(文芸春秋)で、戦争の未来を予測しています。その中で、戦争の引火点を予測することは簡単な部類に入るとし、「資源」「領土」「部族」「宗教」「イデオロギー」「国家同士の対立が引き起こすあらゆる緊張と誤断」を挙げています。反日デモも、ほぼこのリストが誘引となって勃発しているといえます。
反日デモの背景
国内報道を見ていると、デモ隊の暴徒化の度合いと、掲げられる反日のメッセージの過激さにおいて、過去に例を見ないレベルになっているという印象を受けます。
戦争を煽るメッセージが掲げられ、日系企業の工場が次々と襲撃される様子が報じられています。新聞は、中国の軍幹部が「戦争の準備」を示唆する発言を伝えています。オスプレイ配備問題で来日をしたパネッタ米国務長官も、「尖閣の紛争化」を懸念する発言をしています。
デモは中国国内を超えて、華僑コミュニティーがある米国の都市などにも飛び火しています。イスラム圏による反米デモにも似た雰囲気で、反日デモが世界中に拡大する可能性もゼロではないように感じます。
今起きていることをどう理解したらいいか。
ひとつのヒントが朝日新聞の本日の社会面に掲載されています。デモに参加した33歳の男性は、靖国神社への参拝問題が引き金となった2005年の反日デモは、気にも留めませんでした。それが今回は日本大使館前に詰めかけ、「釣魚島は中国のものだ」と叫びました。「中国は他の国にいじめられっぱなしだった。ここに来て中国が日本から『領土の侵略』を受ける屈辱はあってはならない」。
清の時代に西欧列強と日本の侵略を受けた歴史を教えられてきた中国人の鬱屈とした思いが、反日デモの背景にある可能性を、私たちは想定する必要があると思います。
東京大学の加藤陽子教授は、満州事変当時の日本に、「支那はニクイ、ヤッツケロ」「アメリカが支那のしり押しをしているのでニクイ」「戦争をすれば景気がよくなる」という鬱屈とした世論が日本国内にあったことを指摘しています(毎日新聞2012年9月17日朝刊3面)。80年の時を超えた日中両国の国内事情は、驚くほど似ている、という指摘です。
歴史とひとつながりの現在
日本にいると、1945年以前は、遥か彼方の歴史の霧の中です。しかし、中国にとっても韓国にとっても、日本に侵略された歴史は「今」のものとして強烈に記憶され続けています。日本は、1945年を境にまったく別の国に生まれ変わった気分でいますが、東アジアの隣国は、まったくそう思っていないという現実。
韓国との竹島問題、中国との尖閣諸島問題を見ると、エコノミスト誌が挙げる戦争の引き金の「領土」が、歴史認識と直結して、「国家同士の対立が引き起こすあらゆる緊張と誤断」へと炎上していく構図が見えてきます。
日本国内は比較的冷静な対応をしているように思いますが、民主党と自民党の党首選が控える中、領土問題をどう処理するか、次の指導者たちは問われ、強硬な姿勢を示唆する候補者も出てきています。
半藤氏は、満州事変以後、「日本は制御の軛(くびき)を失って、あらぬ方へ進み始めた」と指摘しています。このとき、国の指導者と新聞と世論が、戦争を求める強硬論へと変節しいったというのです。毅然とした態度を取ることと、火に油を注ぐ言動は、別のものであることを、私たちは歴史から学ぶ必要があります。
平和主義という武器
東アジアでは、歴史認識が今も大きな火種となっています。日本は戦争の歴史をどう総括するか、今一層問われています。
しかし同時に、1945年を境に、日本が生まれ変わったのも事実です。今本当に必要なことは、日本の真の国力とは何かを知ることです。戦後、営々として積上げてきた「平和主義」を私たちは持っています。アジアで唯一、平和的で調和的な先進国の在り方を示してきたのが日本です。それは文字通り、「先進的な事例」です。
領土問題がにわかに炎上しつつある今こそ、「平和主義」という武器を活かすのが、国の指導者・マスコミ・世論の務めです。
(文責:梅本龍夫)
讀賣新聞
【記事】 石破・安倍・石原氏競る
(YOMIURI ONLINE http://www.yomiuri.co.jp/)
朝日新聞
【記事】 反日デモ、警察と衝突
(朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/)
毎日新聞
【記事】 反日デモ、警察が催涙弾
(毎日jp http://mainichi.jp/)
日経新聞
【記事】 反日デモ、80都市超す
(日経Web刊 http://www.nikkei.com/)
東京新聞
【記事】 人生の達人の極意