2012.09.15 sat

ドルドーニュの夏 ~フランス田舎暮らし~

ドルドーニュの夏 ~フランス田舎暮らし~


土野繁樹


書斎の窓

○ 朝、秋の気配がする庭にでて、ボケの木に絡みついた雑木や蔦を切る。「これですっきりしたね」と奥方(ヤード)に言う。来春もまた鮮やかな紅の花が咲くだろう。この花のようにボケたいなあ~。
 
○ 夏の間は2000坪の庭の芝生を刈る。芝刈り機をつかって毎日2時間、4日がかりの仕事だ。麦わら帽をかぶり、保護めがねを付けていざ出陣!斜面になっている部分を刈るには相当体力がいる。今年もこのサイクルを4,5回繰り返した。昼めし時のワインがうまい。
 
○ Youtubeで小津安二郎の『東京物語』を見た。昔見たときとは違った感慨がある。この映画は1953年の作品だから、60年前のものだ。その頃わたしは小学6年生、下関で暮らしていた。映画にでてくる長男(山村聰)の医院、次女(杉村春子)の美容室、戦死した二男の嫁(原節子)のオフィスとアパートの光景などは、故郷の日常の光景だった。一番の感慨は、おれも笠智衆の年になったなあ!
 
○ ルモンド紙の夏の特別読み物「ピラミッドの戦い」は面白かった。1984年ルーブル博物館のガラスのピラミッド建設をめぐる大論争の反対派の急先鋒だった、同紙美術担当の大物記者フェルミジエールの奮闘と敗北を描いたルポだ。社会主義者・ミッテラン大統領直々のこのプロジェクトは、コンペなしで中国系アメリカ人I.Mペイに設計を委託し、大統領の愛人(ルーブル美術館キュレーター)に捧げられたものだという。フランス大統領の権力の大きさに今更ながらおどろいた。毛沢東は赤い皇帝といわれたが、ミッテランはピンクの王様!

○ 初孫のかりん(18か月)がわが家にやってきた。彼女がここで初めて発した言葉は「あーおいしい」「Book」「Bonjour」。当地で四か月過ごしたあとストックホルムで覚えた初の言葉は「Tack(ありがとう)」。日英仏瑞の4か国語で人生の基本である食、知、挨拶、感謝を表現できるとは愉快!「最近、覚えた言葉はなに?」とかりんの母親かおるに聞くと「Min(わたしのもの)」だという。この所有権の主張は、人生ゲームへの参画宣言みたいだなあ。


かりん

○ BBCでロンドン五輪の開会式を見た。北京五輪の開会式の国威発揚大スペクタクルとはまったく違うものだった。007俳優ダニエル・クレーグがバッキンガム宮殿の女王陛下を訪れると、彼女は“Good evening Mr. Bond”と応じ、二人でヘリコプタからパラシュートで開会式会場に舞い降りる演出にびっくり仰天した。パラシュート場面はフィクションだが、エリザベス女王とジュームス・ボンドの会見はほんもの。世界の10億人が見ている前で、こんなユーモアを披露する国はイギリスくらいだろう。自国のことを冗談の対象にする演出に、英国人の自信を感じた。
 
○ ドルドーニュ県の首都ペリギューの役所で滞在許可証の更新手続きをする。必要書類6点(納税証明、電気代支払証明、パスポートなど)を窓口の若いいかつい顔の担当役人が確認。「結婚証明書ありますか」「ありません。日本の役所から取り寄せる必要があります」「それじゃ、いいです」とのやりとりのあと、新しい書類に必要事項を記入。わずか10分間で10年間有効の滞在許可証(これまでは5年間)の手続完了(それも無料サービス)。こんなにスムーズにいったのは、EU市民のヤード(スウェーデン国籍)がEU圏どこでも住める資格があり、その夫である日本人にも長期滞在の資格ありという仕組みのおかげです。フランス政府のおおらかな対応に感激!
 
○ 村の教会でコンサートがあった。フォルニエさん(退役将軍)を中心にしたボランティア組織・教会修復委員会(ヤードも委員)が43万ユーロを集めて10年かけて修復した記念コンサートだった。募金のための木曜コンサートが毎夏4、5回開かれてきたが、今年はそのフィナーレ。演奏はパリで活躍する若い女性中心の室内楽グループIn Fine Musica。これを企画したのは、村に夏の家があるバイオリニストのキャロライン。グループの見事な演奏に200人の招待客は大喝采。ロングドレスの美しい女性の姿に魅入られながら聴くグリーグの「ペール・ギュント」は最高だった。小さな村で、こんな贅沢ができるのは幸せだ。
 

村の教会コンサート

○ わが家から南西150キロのところにあるコンドームと言う町近くにある睡蓮公園を訪れた。1870年代に園芸家ラトゥール・マリアックが世界各地から睡蓮を集めて育てた場所(それまでフランスの睡蓮は白だけだった)で、いまでも苗を売っている。1889年のパリ万博に展示されたラトゥール・マリアックの色とりどりの睡蓮に魅せられた印象派画家モネは、彼から大量の苗を買いパリ郊外の自宅ジヴェルニーに睡蓮の池を作ったという。入場料6ユーロで、コース昼食19ユーロを利用すると入場料分は差し引かれるというおつな公園だった。当地には面白いところが実に多い。
 


睡蓮公園

○ 夏は社交の季節。コンサートや展覧会のあとのパーティや友人同士招かれたり招いたりの昼食会や夕食会は楽しい。今日はわが家での昼食会。客はイタリア人テオ(抽象画家)とオランダ人レオ―ナ(インスタレーション美術家)の夫妻とアメリカ人ジム(ジャーナリスト)とメリー(建築家)の夫妻。テオとレオ―ナとはわが家への来訪ははじめてだが、ジムとメリーは村の隣人で10年来の親友だ。奥方の料理とワインを味わいながら、英語で談笑すること4時間。気の合う仲間が気の向くままに語りあい、大いに笑う時間ほど愉快なことはない。当地で20年暮らしているメリーが「フランス人は間違ってもなぜ謝らないのかしら」と言っていたが、これには同感。しかし、まだこの謎への答えはない。テオの「オランダ語にはPleaseという言葉がない」という指摘にはおどろいた。奥さんのレオ―ナに「本当ですか」と尋ねると「あるけれど使わないわね」。“お願いします”の国からやってきたわたしの好奇心が刺激される一言だった。
 


左からレオ―ナ、ジム、ヤード、テオ、メリー



著者プロフィール

土野繁樹(ひじの・しげき)
 

フリー・ジャーナリスト。
釜山で生まれ下関で育つ。
同志社大学と米国コルビー 大学で学ぶ。
TBSブリタニカで「ブリタニカ国際年鑑」編集長(1978年~1986年)を経て
「ニューズウィーク日本版」編集長(1988年~1992年)。
2002年に、ドルドーニュ県の小さな村に移住。