【リグミの解説】
安倍首相が国会で施政方針演説をしました。新聞6紙がその内容について、社説を掲げています。何が語られ、何が語られなかったか。その対比を見ます。
<読売新聞> 施政方針演説 「大改革」の成果が問われる
・ 安倍首相の今年の施政方針演説には、「改革」が36回も登場した。昨年末の衆院選圧勝でより強固になった政権基盤を生かし、多くの困難な政策課題に取り組む決意は伝わってくる。
・ ただ、財政再建策への言及は少なかった。政府は具体的計画を今夏までに作成する。財政悪化の主因である社会保障費のどこに、どう切り込むのか。負担増や給付抑制など痛みを伴う改革の道筋を国民に正面から語る必要がある。
<朝日新聞> 施政方針演説―「戦後以来」の行き先は
・ 長期政権への基盤を確保した首相は今回の演説で、「改革」を強調。経済再生、復興、社会保障改革、教育再生などを列挙し「戦後以来の大改革に踏みだそうではありませんか」と呼びかけた。
・ 目先の改革への多弁さとは裏腹に、首相は集団的自衛権を含む安全保障法制や戦後70年を踏まえた「積極的平和主義」、そして憲法改正についてはあっさりと触れただけだった。かつて「戦後レジームからの脱却」と繰り返していた首相が唱え始めた「戦後以来の大改革」。きのうの演説を聴く限りでは、その最終的な狙いについては不透明なままだ。
<毎日新聞> 施政方針演説 首相こそ合意の努力を
・ 首相は与党が3分の2以上の多数を制したさきの選挙結果について、政権が掲げる「この道」を「さらに力強く前進せよ」という国民の負託だと強調した。
・ 後半国会の焦点となる安全保障法制に関しては「あらゆる事態に切れ目のない対応を可能とする」と述べるにとどめた。国会での幅広い合意形成を図るのであれば、少なくとも論点と基本的な見解を提示すべきだ。戦後70年にあたり首相が公表する新談話についても目的と趣旨をより踏み込んで説明してほしかった。
<日経新聞> 有権者に痛みの分かち合いを説くときだ
・ 安倍晋三首相の施政方針演説は国民が夢を持てる国づくりのメニューは豊富だったが、負の側面への言及はあまりなかった。
・ 議論を呼びそうな課題はさらりと通り過ぎた。今国会の最重要案件とされる安全保障法制の整備の説明はわずかで、集団的自衛権に関する憲法解釈の見直しには触れなかった。関係改善の糸口がみえない韓国への言及は、ロシアなどの半分もなかった。とりわけ残念なのは、財政再建への熱意があまり感じられないことだ。演説に出てくるのは歳出増を伴うものばかりで、歳出カットはほとんど見当たらない。痛みを避け、耳によい話だけをしていては予算規模は膨らむ一方だ。
<産経新聞> 施政方針演説 改革断行の実を語る時だ 勇気もち「痛み」に理解求めよ
・ 大改革には「痛み」が伴い、その実現には国民の支持と理解が不可欠だ。改革の先に日本がどのような姿に生まれ変わるのか、具体的かつ丁寧に説明すべきだ。
・ 安保法制の具体的なあり方や意義について踏み込まなかった。憲法改正について、国民的な議論を深めることを呼びかけた。一国の指導者として、国の基本法をどう改めていきたいかを、さらに具体的に語ってほしい。演説からは社会保障改革も含め、勇気をもって痛みに理解を求める姿勢がうかがえなかった。衆院選で与党大勝を得たばかりである。今、語らずしていつ語るのか。
<東京新聞> 施政方針演説 安保、憲法語らぬ不実
・ 内容は内政が七割、外交・安全保障などが三割という割り振りだ。首相は演説で「改革」という言葉を三十六回繰り返し、日本史上著名な人物の言葉を引用した。改革は冗舌に語る半面、安全保障や憲法問題では口をつぐむ。
・ 安保法制はこの国会最大の焦点だが、首相は「あらゆる事態に切れ目のない対応を可能とする安保法制の整備を進める」と述べただけ。昨年の演説で触れた集団的自衛権という文言すらない。憲法も「改正に向けた国民的な議論を深めていこう」と呼び掛けてはいるが、具体的にどんな改正を何のために目指すのか、演説からは見えてこない。戦後七十年の首相談話への言及もない。
何を語るか、何を語らないか
人は、「何を語るか」よりも「何を語らないか」によって、しばしば雄弁です。昔、「男は黙ってサッポロビール」という広告がありましたが、出演した俳優の三船敏郎の風貌とあいまって、とても印象に残るキャッチコピーでした。しかし政治家の最大の武器は言葉です。雄弁術を駆使し、社会が維持すべきものと、未来のために変化させるべきものを明らかにし、行動を促すのが政治家の基本的な仕事です。そういう意味で、圧倒的な議席数を背景とした安倍首相が何を語り、何を語らないかはとりわけ示唆的です。
私たち日本人は、あからさまな主張を控える傾向があります。意見が違えばぎくしゃくするし、和を乱さないようにという配慮もあるからでしょう。その分、建前と本音の使い分けがなされます。「何を語るか」は建前であり、「何を語らないか」に本音がある。そんなコミュニケーションスタイルを取る傾向が私たちにはあります。しかし、これが雄弁術としての政治にも持ち込まれると、事態はややこしくなります。
なぜなら民主主義の政治制度においては、政治家が何を語るか(公約や方針、主義主張など)によって有権者は投票するからです。もし「何を語るか」は選挙に勝ち、支持率を維持するための方便であり、「何を語らないか」の中に本音の指針や志向性が隠されているとしたら。民主主義の主権者はどう判断したら良いのでしょうか。
雄弁術から対話術へ
政治とは一連の流れです。その流れは、はじめ小川のようなささやかなものです。しかしやがて激流となり大河へと育つ可能性があります。だから、それがどのようなものであれ、小川のせせらぎのうちに、この流れはどこに向かうのかを見極める必要があります。具体的には何か。読売と日経は「財政再建」、朝日と東京は「憲法改正」、毎日と産経は「安全保障法制」の方向性が見えないと訴えています。
流れが決定的になってしまえば、後戻りができなくなります。複雑に絡み合い、変化が常在の今日の世界においては、大きな流れになりそう事象を見極めることは、とりわけ大事です。それが小川のような小さな流れのうちに見落とさないことが致命傷を負わない知恵となるのです。
だから、国民の将来に多大な影響を与える政治家は、言葉を武器にする「雄弁術」という古い方法にだけ依存せず、「対話術」という新しい方法論をも模索すべきだと思います。雄弁術は何を大いに語り(=建前)、何を一切語らないか(=本音)を本能的に仕訳します。しかし対話術においては野党など主義や価値観や視点を異にする者といっしょにベストアンサーを探求していきます。建前と本音がここで出会い、率直な対話を始めます。それはしんどいプロセスですが、誠実に行えば大きな果実を得られます。
(文責:梅本龍夫)
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(朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/)
- ウクライナ停戦合意 親露派の自治拡大 暖衝帯設置
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(日経Web刊 http://www.nikkei.com/)
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(TOKYO Web http://www.tokyo-np.co.jp/)
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