【リグミの解説】
ベルリンの壁崩壊
ベルリンの壁が崩壊したのが1989年11月9日、25年前のことです。本日の朝日新聞が、現代史のもっとも象徴的な出来事といえるこの事件について、社説を掲げています。日経新聞は11/9に社説を掲載しました。両紙の主な論点を比較します。
<朝日新聞> ベルリンの壁25年―民主化の営み深化を
・ 世界核戦争の恐怖は遠のき、自由と民主主義の勝利をみんなが祝った。あの時ほど希望と解放感に満ちた時はなかった。いま、感動はどこかに消え失せたように見える。世界から紛争はなくならず、むしろ増えた感さえある。日本の周辺では、冷戦さながらの緊張が続く。四半世紀を経て、世界は結局元に戻ったのか。
・ 振り返って旧西側諸国の民主主義は、大丈夫だろうか。旧東側に先輩風を吹かせるだけの余裕があるだろうか。近年、主要国の民主主義はほころびを見せる。欧州ではポピュリズムが伸長し、差別的な言説が人気を集める。わが国と同じように、排外主義を叫ぶ集団が大手を振るう。25周年を機に、もう一度、足元の民主主義のあり方も考え直したい。
<日経新聞> 【11/9】壁崩壊25年「欧州の盟主」ドイツの重い責務
・ 再統一の後、旧東独への経済支援は財政の疲弊を招いた。物価の上昇で生産性と国際競争力が低下し、貿易などで稼ぐ力を示す経常収支も赤字が続いた。2ケタの失業率が常態化し、雇用を生み出せない「ドイツ病」とも言われた。転機となったのは1999年の単一通貨ユーロの導入だ。為替変動リスクが下がってユーロ圏への輸出が拡大し、2002年に経常収支は黒字に転換した。さらに労働市場と税・社会保障制度の一体改革を進め、労働コストを抑えられる環境を整えたことで、価格競争力も向上した。
・ 国内では東西の経済格差がなお残るが、失業率は5%台。経済力を背景に国際的な発言力も高まり、「大ドイツ」の存在感は一段と大きくなった。ところが、勝ち組のおごりなのか、ドイツは国益を優先して欧州への貢献を避ける姿勢が目立つようになっている。再統一後、政治家はよく作家トーマス・マンの言葉を引いて新生の理想を語った。「ドイツの欧州ではなく、欧州のドイツで生きていきたい」。当時を思い出し、重い盟主の責務を果たしてほしい。
世界史の真の岐路
ハンガリー出身の英国の作家ビクター・セバスチャン氏は、世界史的には2001年の米同時多発テロ「9.11」よりも、1989年のベルリンの壁崩壊「11.9」の方が「真の岐路となった」と語っています。冷戦が終結したからですが、それは資本主義と共産主義のイデオロギー闘争に決着がついたからでした。セバスチャンさんの主張を引用します。
・ 「冷戦と今とでは全く状況が異なります。冷戦時代、私たちは常に、見かけにとどまらない真の脅威を、ソ連から直接受けていた。それは軍事力でも核戦力でもありません。私たちの人生観を変えかねない『共産主義』というイデオロギーでした」
・ 「いかに残忍な結果を生んだとはいえ、共産主義は宗教に匹敵する壮大な思想であり、資本主義とは全く異なる生活感覚、歴史観、世界観を提示しました。実際に、多くの人々の暮らす世の中をつかさどり、経済を運営していたのです」
冷戦を終結させたもの
東西冷戦の始まりを1945年とすると、冷戦は約45年続きました(ソビエト連邦の崩壊は1991年)。マルクスが提示した枠組みに即して言えば、経済が下部構造となり、その上に政治という上部構造が乗ります。ソ連を中心とした東側諸国は、経済は「共産主義」、政治は「全体主義(独裁主義)」といえるものでした。これに対し、欧米を中心とした西側諸国は、「資本主義」の方が経済を豊かにし、「民主主義(自由主義)」の方が人々を幸福にすると主張しました。
比較優位でいえば、「資本主義」が「共産主義」に勝ちました。しかし、ベルリンの壁崩壊の前に、世界史を動かしたのは、1970年代の英国首相サッチャーの「新自由主義」の政策(サッチャリズム)であり、これに呼応した1980年代の米国大統領レーガンの同様な政策(レーガノミクス)でした。両国とも、実は経済は弱体化し、国家の財政基盤も苦しくなり、規制緩和という形で国家の責務を放棄する政策に転じました。
グローバリズムと反グローバリズム
「新自由主義」は大嵐となって世界中を駆け巡り、結果として末期症状をきたしていたソ連の崩壊を加速しました。「新自由主義」は東西冷戦を勝ち取っただけでなく、「グローバリズム(直訳すると地球主義)」という新しいイデオロギーに変貌していきました。経済が過剰な馬力をもったエンジンとなり、人々を乗せたクルマが国家や民族の枠組みを乗り越えて世界中を疾走する。それが今の「新自由主義型のグローバリズム」です。
これに対して、「ナショナリズム(国家主義、国粋主義)」がさまざまな地域や国で勃興しています。大きいところではロシアのプーチン大統領が進める政策や、中国の習近平国家主席が掲げる「中国の夢」も、範疇としてはナショナリズムです。隣国の韓国も、日本自身も、ナショナリズムを志向する傾向が強くなっています。これはいわば、「反グローバリズム」の動きです。
共産主義の何が崩壊したのか
なぜでしょうか。東西冷戦は、「共産主義」というイデオロギーを駆逐しました。しかし、そのエンジンとなった「新自由主義型の資本主義」が、暴走しているからです。「資本主義」の上に乗る「民主主義(自由主義)」が、「資本主義」を上手に制御できないまま、振り回されています。「共産主義」は、経済システムとしては敗北を喫しましたが、イデオロギーとしての役割も終焉したと断じることはできないのかもしれません。
セバスチャンさんは、上記引用に続けて、次のように発言しています。
・ 「プーチン大統領が持ち込んだロシア・ナショナリズムには、何のイデオロギーもありません。ロシア人を多少満足させられても、ロシアの枠を超えることはないでしょう。共産主義はかつて、第三世界に解放の希望を与えた。プーチン主義は、それが主義と言えるかどうかはともかく、途上国にいかなる希望も与えません」
・ 「イデオロギーは単なる机上の空論ではない。そこには人類を突き動かすすべてがある。私たちの行動は意識に縛られているからです。共産主義は、良いか悪いかは別にして、私たちが築いてきた社会に取って代わる対抗軸を指し示した理念でした。だからこそ、欧米や日本でもあれほど多くのインテリを魅了したのです。特に1930年代は、ファシズムに対抗する概念として、共産主義が大きな力を持っていました。人々が共産主義を信じなくなった時、ソ連も崩壊したのです」
かつてあったファシズムの時代
セバスチャンさんが指摘する1930年代のファシズムとは、「第一次大戦後に現れた全体主義的・排外的政治理念、またその政治体制で、自由主義を否定し一党独裁による専制主義・国粋主義をとり、指導者に対する絶対の服従と反対者に対する過酷な弾圧、対外的には反共を掲げ侵略政策をとることを特色としました」(引用:Weblio)。
共産主義は「幻想」でした。では、今世界中を駆け巡るグローバリズムと、その動きに掉さすナショナリズムのせめぎ合いはどうでしょうか。経済的に豊かになっても得られない心の充足。あるいは、一部の人々だけが潤う格差の拡大の問題。新自由主義の経済は、わかりやすくいえば、自由経済至上主義です。自由経済がすべての政治的・社会的問題を解決するという思想を内包する運動です。しかし、それもまた「幻想」なのではないでしょうか。下手をすれば、冷戦時代よりももっと前の1930年代に、世界は退行してしまうかもしれません。
「新しい物語」を
ベルリンの壁崩壊から四半世紀。「共産主義」も、「共産主義」が対抗しようとした「ファシズム(専制主義、全体主義、国粋主義)」も、「古い物語」です。私たちは、今日の世界において、人類の未来を切り開く「新しい物語」を必要としています。
そこではたぶん、グローバリズム(地球主義)とローカリズム(地域主義)が共存できる理念が語られるはずです。そして、文明のルールと個別文化の多様性が両立する世界観が具体的に示されるはずです。「新しい物語」(それをイデオロギーと呼ぶべきかはわかりませんが)は、何よりも、人々の日々の生活の営みを、物心両面で豊かにするものであるのだと思います。それは、真に生きるに値する「物語」だと私は感じます。
(文責:梅本龍夫)
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