【リグミの解説】
マタニティー・ハラスメント裁判
最高裁判所は、病院で働いていた女性が妊娠を理由に降格させられたのは不当だと訴えた裁判の判決で、「妊娠や出産を理由とした降格は原則、違法で無効だ」と判断しました。本日の読売、朝日、毎日、日経、東京の5紙が社説を掲げています。各紙の特徴的な論点を比較します。
<読売新聞> 「マタハラ」判決 事業者に意識改革迫る最高裁
- 妊娠を契機に降格させられる事態が許されれば、女性は子供を産むことに二の足を踏みかねない。すべての事業者が最高裁判決を重く受け止めるべきだろう。
- 「マタハラ」被害を訴える女性は増加傾向にある。事業者側が、均等法の内容を十分に理解していないことが背景にあるのだろう。政府は、均等法などのルールや相談窓口の周知に努める必要がある。最高裁判決を機に、事業者にも、社員の啓発や、産休や育休を見越した人員配置などを進めることが求められる。
<朝日新聞> 降格違法判決―妊娠を不利益にしない
- 妊娠を報告したら、上司から退職を迫られた、派遣先に契約更新はないと告げられた、夜勤など業務の負担を軽くする配慮が全くない、といった経験を耳にすることがあまりに多い。 子どもを産み、育てながら働き続ける。多くの先進国で当たり前のことが、日本では難しい状態が続いてきた。
- 最高裁が厳格な基準を示した以上、各企業は自らの姿勢を問い直してみるべきだろう。政府は女性の活躍推進を掲げているが、足元にあるこうした現実をまずしっかり見すえてほしい。問題ある雇用主への指導など、関与を強めるべきだ。
<毎日新聞> 妊娠で降格 マタハラを防ぐ社会に
- 男女雇用機会均等法は、女性労働者の健康確保や、母性尊重と職業生活の充実を理念とする。最高裁はその実現に重きをおく考え方も判決の中で示した。女性が活躍できる社会の実現を目指す以上、妥当な判断だ。子供を産み育てながら働く女性を、企業や働く人全体で支える契機としたい。
- 女性の登用を阻む要因として、時間外労働や、進まない在宅勤務制度が挙げられるが、マタハラにも通じる。男女を問わず働き方を変える仕組みを企業が整備することが、女性への差別をなくすことにつながる。
<日経新聞> 妊娠後も活躍できる職場か
- 判決では具体的な指摘もあった。どれぐらい仕事の負担が軽減されたか明らかではないのに降格による不利益は重大、病院側の説明は不十分、降格させる必要性もはっきりしない……などだ。雇用主に対し、女性としっかり向き合い丁寧に対応することを求めたといえる。
- 政府は「女性の活躍推進」を掲げている。だが、妊娠・出産が働くうえで大きなハンディになるようでは、せっかくの人材活用もままならない。出産を機に仕事を離れる女性は今も多く、仕事を続けていても十分に力を発揮できない人もいる。その背景に、女性に厳しい職場風土が隠れていないか。改めて点検する契機としたい。
<東京新聞> 「妊娠降格」訴訟 働く女性を守らねば
- 妊娠・出産では特別な事情がない限り、降格人事はできない-、それを確認したといえよう。均等法の精神に忠実な姿勢だ。確かに事業主の裁量が幅を利かせれば、均等法は“空文化”しかねない。
- 働く女性が安心して出産できる社会が実現できないと、輝きなど生まれない。均等法が求めるのは、子どもを産み、育てながら、仕事も続けられる世界である。もっと安心して、育児ができる職場環境づくりこそ求められよう。
「輝く女性」という「建前」
各紙の論調はほぼ同一です。最高裁の判断を全面支持し、企業の努力工夫を要求するとともに、「輝く女性」を掲げる政府が、スローガンに終わらない取り組みをするように促しています。
大意として私も賛同し共感します。ただ、一抹の不安をぬぐえない感もあります。なぜでしょうか。ひとつは、新聞社もまた企業であり、女性社員を抱え、妊娠による不利益という現実が存在するはずだからです。自社の取り組みは完璧なのでしょうか。みなで「建前」を論じ、「本音」から目を背けてはいないでしょうか。
一口に企業と言っても千差万別です。働く女性の職場環境を制度的にも実態的に充実させた企業がある一方で、名ばかりの制度でお茶を濁したり、制度すらなく不安定な雇用環境を意図的に作り出している企業もあります。また、総じて企業規模と制度運用の余裕は相関しています。従業員の多い企業は、人員のやりくりがつきやすいですが、ぎりぎりの人数で回している企業は、人事異動や仕事のローテーションといった当然の人事的運用もできないでいます。
そうした中、企業経営者や管理職の責にある者は、優勝劣敗のロジックに陥りがちです。つまり、弱い立場の者に強く出て、自分の相対的なポジションを維持しようとします。女性や非正規雇用者は、強者が栄え弱者が滅びることを当然視する優勝劣敗のロジックに直面させられたら、ひとたまりもありません。
企業の「本音」
私がかつて経営に携わった企業は、中堅規模でしたが妊娠した女性のための制度は基本的にそろえ、運用もされていました。妊娠し産休と育休をとり、復帰後は時短扱いとなり、すぐにまた妊娠して産休・育休・時短を繰り返す者もいました。それを上司は容認していましたが、陰では「ぼやき」がありました。スタッフのやりくりに苦労するし、本人は本来求められるパフォーマンスは発揮してくれないし「困ったものだ・・・」と。
男女雇用機会均等法の趣旨や今回の最高裁の判決の意義は、「妊娠を理由に職場における地位的・経済的不利益を押しつけてはならない」というものだと思います。りっぱな「建前」です。ただ、これが本当に機能するためには、「では、そのことで生じる企業側の不利益、働く同僚の不利益はどうするのか」という企業側・管理者側の「本音」と折り合う必要があります。
私が、新聞社の実情はどうなのだろうと素朴に疑問に思ったのも、「建前」を高邁に主張していても、「本音」の実態と折り合う姿勢や具体的努力・取り組みを放置すれば、建前の「輝き」も失われるからです。
妊娠は企業にとって「不利益」なのか
ではどうしたら良いのでしょうか。ひとつは、先進的な企業事例を取り上げ、他社が学びを得られるようにすることが考えられます。最高裁の判決を機に、各紙競って働く女性が輝く職場環境の先進事例を特集してはどうでしょうか。しかし、もっと根本的な発想も必要なのかもしれません。
それは、「妊娠は企業にとって不利益を生む」というネガティブな発想の払拭です。少子高齢化・人口減少は、わが国が直面する最大の社会的課題です。「妊娠」は不利益ではないのです。「女性たちが妊娠を躊躇すること=子どもたちがたくさん生まれないこと」こそが、大きな不利益を生んでいるという自覚が私たちには足りなすぎると思います。
妊娠・出産・育児は、普通の人々が取り組む最大規模の長期投資活動です。約20年かけて一人前の人間を育て上げることほど偉大な活動は、なかなかありません。それをどのように経済的に評価するのか。
資本主義と民主主義のタグマッチ
話は飛躍しますが、資本主義がほんとうに機能する社会にするには、民主主義が成熟する必要があると思います。民主主義は、「最大多数の最大幸福」をめざす政治制度と定義できます。いっぽう資本主義は「優勝劣敗の競争原理」によって経済を発展させる仕組みです。経済の繁栄は「(すべての)人々の幸福」の実態的基盤です。しかし、資本主義は「勝者(のみ)の最大幸福」を是とする仕組みです。
妊娠・出産・育児は経済活動から落伍することを意味する限り、資本主義は幸福な未来を生まないと自覚すべきです。少子による人口減少を阻止できたとき、資本主義は初めて胸を張れるのではないでしょうか。「優勝劣敗の競争原理」が「最大多数の最大幸福」を創造するための第一歩は、妊娠・出産・育児の社会的投資効果を明らかにし、積極的に評価することです。
妊娠・出産・育児の基盤整備に積極投資する社会になれば、「女性も男性も輝く」と思います。
(文責:梅本龍夫)
- 妊娠で降格、原則違法 マタハラ 最高裁が初判断
http://www.yomiuri.co.jp/national/20141023-OYT1T50066.html - 原発比率3割未満に 将来の発電割合 宮沢経産相が意向
http://www.yomiuri.co.jp/politics/20141023-OYT1T50105.html - 乱射男、中東行き希望 カナダ国会テロ 当局背後関係を捜査
http://www.yomiuri.co.jp/world/20141023-OYT1T50101.html
(YOMIURI ONLINE http://www.yomiuri.co.jp/)
- 妊娠で降格 違法判断 最高裁 「同意必要」初の基準
http://www.asahi.com/articles/ASGBQ7GB9GBQUTIL060.html - 自国でのテロ 欧米警戒 カナダで乱射や車暴走
http://www.asahi.com/articles/DA3S11418402.html - 車の事故防ぐ技術を格付け 国、26車種の「自動ブレーキ」テスト
http://www.asahi.com/articles/ASGBR5GMTGBRULFA01T.html
(朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/)
- 英語に民間試験活用 トーフルなど 21年度目標
http://mainichi.jp/shimen/news/m20141024ddm001100196000c.html - 妊娠降格「原則違法」 マタハラ 最高裁が初判断
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141023-00000092-mai-soci - 復興の願い風船に乗せ 中越地震10年
http://mainichi.jp/shimen/news/20141024ddm001040155000c.html?inb=ra
(毎日jp http://mainichi.jp/)
- トヨタ、営業最高益 4~9月 マツダ・富士重も
http://www.nikkei.com/article/DGKDASGD23H22_T21C14A0MM8000/ - ビール系、酒税差圧縮 ビール下げ「第三」など上げ
http://www.nikkei.com/article/DGKDASFS2300S_T21C14A0MM8000/ - 日立、営業益23%増 インフラ関連伸び
http://www.nikkei.com/article/DGKDZO78817300U4A021C1MM8000/
(日経Web刊 http://www.nikkei.com/)
- 妊娠降格 原則違法 「承諾」「特段の事情」必要
http://news.goo.ne.jp/article/sankei/nation/trial/snk20141024092.html - 「新潟から笑顔」発信 中越地震 10年
- 承認判断は知事選後 反対派勝利なら工程影響 辺野古埋め立て、県への設計変更申請
http://news.livedoor.com/article/detail/9392625/
(MSN産経ニュース http://sankei.jp.msn.com/)
- 妊娠降格 同意なし違法 均等法めぐり初判断 最高裁 女性の敗訴破棄
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2014102402000107.html - 宮沢経産相 東電600株保有 「監督する立場」疑問の声
http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2014102402000109.html - 築地場外これからも「漁船市場」オープン
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2014102402000108.html
(TOKYO Web http://www.tokyo-np.co.jp/)
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