【リグミの解説】
食の安全問題
中国・上海にある食品加工会社「上海福喜食品」が、品質保持期限を過ぎた肉製品を出荷していた問題をきっかけに、食の安全性に対する不安感が日本国内でも再び高まっています。本日の読売、日経、東京の3紙がこの問題について社説を掲げています。特徴的な主張を比較します。
<読売新聞> 中国期限切れ肉 外資企業にも及んだ背信行為
・ 従業員は、期限切れの肉を混ぜることについて、「食べても死なない」と言い放った。消費者の安全を最優先すべき食品製造現場のモラル崩壊を象徴する言動だ。金儲もうけを優先し、消費者の健康を軽視する風潮が背景にあるのは間違いあるまい。輸入企業に求められるのは、中国側の生産工程では不正が起こり得るという性悪説に立った監督・検査体制の強化だ。防犯カメラの設置や、現地に出向いての定期的なチェックは欠かせまい。
<日経新聞> 安全性の確保は食品の命だ
・ おいしい、安い、手間がかからない――。現代の消費者は食品に様々な要素を求める。しかし、何よりも重要なのは、食べて安全なことだ。安全性の確保には地道な努力の積み重ねが必要だ。工場が国際基準を満たしていても、実際の作業で不断のチェックを怠れば思わぬ事故を起こす。現地の従業員との連携を強め、意識改革に取り組むことも重要だ。透明性を高めるための情報表示を、外食産業で進めることも検討課題になる。
<東京新聞> 期限切れ肉 不信と不安を取り除け
・ 衝撃的な映像であった。不正を暴いた上海テレビの工場潜入取材で、肉類の「期限切れ」を指摘する従業員に対し、別の従業員が「死にはしないよ」と平然と答えていた。今の中国社会をよく見ると、社会的なモラルの崩壊とすらいえるような状況が気がかりだ。改革開放政策の負の影響ともいえる行きすぎた“拝金主義”のまん延で、自分さえもうかれば他人はどうでもよいと考えるような、自分中心の冷たい価値観を持つ人が増えているように感じる。
「安全」の礎
日本人は「安全」に対する要求水準がとりわけ高いと思います。しかし中国人が「安全」を軽視しているということもないと思います。どの国の人でも、自分や家族、身の回りのたいせつな人々の「安全」が保たれることを願っています。今回問題となった中国の食品加工工場の従業員でも同じだと思います。しかし、「毒入り冷凍ギョーザ事件」の強烈な記憶が残る中、再び中国産の食品の「安全」を問う事象が報道されました。
日経の社説は客観的スタンスを保ち、比較的冷静に事態を分析していますが、読売と東京の社説は事の遠因を中国社会の「拝金主義」「モラルの崩壊」に求め、厳しく糾弾しています。中国の実情を知らない者からすれば、なんとなく納得してしまう「説明」ともいえます。ただ、数年前に旅行者として上海を訪問したとき、近代的な街の様子が印象的で、レストランなどで食するときも不安を感じることはいっさいありませんでした。要するに、どこにでもある現代の大都市のひとつという感じでした。
もし今回の上海テレビの工場潜入取材の映像が出回らなかったら、特に外資の管理する食品工場は管理体制が充実し、安全問題にきちんと対処しているという認識でことを看過しつづけていたと思います。これは日本についても同じではないでしょうか。一流ホテルや百貨店内のレストランなどで次々とメニューの「誤表記」(偽装)問題が発覚したのは、ついこの前のことです。これは食の「安全」とは直接関係ないレベルの問題でしたが、食のプロへの「信頼」を著しく傷つける事件でした。
「安心」できる社会
「安全」という物理的状態とセットになるのが「安心」という心理的状態です。中国が本当に「拝金主義」となり「モラルが崩壊」しているのかはわかりません。そういう面が日本より強い可能性はあると思いますが、現代のグローバル経済の中では、どこの国も多かれ少なかれ「お金」の魔力にとりつかれ、自分の「安全」は強く求めるが、他者のことには思い至れない「モラル」の問題を抱えていると思います。しかし、「安心」という心理的状態は、どれほど「安全」という物理的状態を確保しても、ひとりでは確立できません。お互いを心から信頼し、他者のために行動する心がけがあり、互いに助け合い、高め合う社会的つながりがないと、本当の「安心」は得られません。
もし日本社会が中国に比べ、本当に「安全」というなら、私たちはもっとお互いを信頼し合い、他者のために行動することで「安心」の質を保っているはずです。国内の食の状況が、決してそのようなレベルにまだ達してはいないことを私たちは知っています。だから、読売や東京の社説のように、ことさらに中国を糾弾するのではないかとも感じます。あるいは一歩譲り、日本の食は確かに「安全」であると主張できたとして、では今日、日本産だけで成り立つ食の現実はない以上、私たちは中国の人々の「安全」のレベルが上がり、「安心」の質が向上する手助けをする必要があるのではないかと思います。
監視や管理の強化だけでは、「モラル」は向上しません。「信頼関係」を再興し、他者を思いやる「安心」の礎をどう作っていくか。遠い中国のことを思うと、近くの自分たちのテーマが鮮明になる気がします。
(文責:梅本龍夫)
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