【リグミの解説】
理研改革の提言書
STAP細胞問題で組織の在り方が問われている理化学研究所。改革委員会は、論文の主要な著者が所属する「発生・再生科学総合研究センター(CDB)」の解体を盛り込んだ再発防止の提言をまとめました。本日の読売新聞と東京新聞がこの件について社説を掲げています。産経新聞は6/15、毎日新聞は6/14の社説です。4紙の特徴的な主張を比較します。
<読売新聞> 理研改革提言 組織再構築へ力量が問われる
・未熟な研究者の暴走を許した、歪んだ成果主義への指弾である。改革委が特に問題視したのは、センター上層部が小保方氏の実績を確認せずに採用し、適切に監督しなかった点だ。
<毎日新聞> 理研の改革 覚悟を決めて取り組め
・iPS細胞への対抗意識があっただろうとの分析は多くの人が感じていることだ。実績もあり、若手研究者も育成してきたCDBが、成果主義や研究費獲得への期待から本来の科学研究のあり方をゆがめたのだとすれば、なんとも残念な話だ。
<産経新聞> 理研の再生 早急な改革で将来像示せ
・報告書は、STAP問題の背景の一つとして「成果主義の負の側面」を挙げた。成果主義の負の側面は理研だけの問題ではない。競争原理は科学の推進力にもなるが、短期的な成果にとらわれ過ぎると不正の引き金になり、研究の多様性が損なわれる。成果主義と科学の健全性を両立させることは、科学政策全体の課題である。
<東京新聞> STAP不正 理研は自覚し改革せよ
・iPS細胞を超える成果を求める理研の強い欲求があった。このため秘密主義で外部の検証を受ける機会を放棄し、論文提出を急いだため生データなどのチェックがされなかった。データ管理の重要性や指導への自覚が欠けていた。
「行き過ぎた成果主義」
各紙とも、「行き過ぎた成果主義」の問題を指摘しています。しかし、なぜそのようなことが起きたのか。原因の指摘がありません。理研は約800億円の国費が投じられる科学の研究所です。いかにも特殊な組織という印象があります。本当にそうでしょうか。理研が「成果主義」に走った原因と、1990年代以降に日本の大企業が競うように「成果主義」を導入していった背景は、同根なのではないでしょうか。一言でいえばグローバリズムです。
グローバリズムというゲーム
ここではグローバリズムの正確な定義はできませんが、世界中のあらゆる国や地域が大競争に巻き込まれ、優勝劣敗を競うゲームを展開することとみなせます。このゲームのルールはシンプルです。できるだけお金を集め、そのお金を何倍にも増やすことが目標となります。このゲームは、お金がお金を生むプロセスを「見える化」するフィードバック効果を短いサイクルでどんどんもたらします。短期間で「成果」を上げれば評価され、「成果」がなければ排除されます。
一番の問題は、グローバリズムという大競争をもたらすゲームに、だれも強制的に参加させられているわけではないことです。自主的に参加しているのです。だからどの新聞も、「行き過ぎた成果主義」の問題は指摘しても、その「成果主義」とは、グローバリズムという一大ゲームに自ら望んで参加した自然な帰結だとは指摘しないのです。
短期志向になった1990年代―ファッション・ビジネスの例
かつて私が経営企画の仕事をしていたファッション系の会社では、1990年代の初めまで、バッグやアクセサリーなどの服飾雑貨のデザイナーを社内に雇用していました。社員デザイナーは愛社精神をもち、自分が担当するブランドのために一所懸命働き、いきいきとしていました。しかし、ファッションは時代の気分を映す商売であり、時代は短期の成果を求めて世界を駆け巡るようになっていました。社員デザイナーは年齢を重ねると、感性が鈍り、時代の先端の感覚を追わなくなるともいわれました。会社は、社員デザイナーよりも、短期雇用の契約社員デザイナーを重用するようになりました。雇用も短期志向になりました。
当時私は、「これはファッションビジネスに固有の問題で、致し方ないこと」とみなしました。今ふりかえると、そのような側面以上のものが見えてきます。腰を落ち着け、長い時間をかけて「ほんもの」を求めていく気分は、1990年代から2000年代にかけて、どんどん希薄になっていき、お金をベースとした短期志向のゲームに置き換えられていく潮流に、ファッションも巻き込まれていたといえます。その結果もっとも繁栄するようになったのが、いわゆるファースト・ファッションです。賃金の安い国で製造し、コストもクオリティーも低い衣料を安価に大量に販売し、ワンシーズンで消費し捨てる大量消費大量廃棄のビジネスモデルがもてはやされるようになりました。
理研チームの一員
自然科学も同じ土俵に乗っているのではないでしょうか。世界を変革する大発見を夢見る研究者たちは、長い時間をかけて「成果」を出すことが許されない環境にいます。長期雇用、長期の研究費は保障されず、短期に「成果」を出さない限り、研究者としての命を絶たれかねません。
しかし、「ほんもの」を発見し、人類の進歩に資するものにしていくためには、長い時間と途方もない努力の積み重ねが必要です。それは何人もの選手がタスキをつないでいく駅伝のようなものです。一人ひとりの研究者は割り当てられた自分の区間を全力疾走します。それは自分のためではなく、チームのためです。本当の「成果」は、チーム全体で上げるものです。私たち日本人は、理研チームの一員です。理研の改革は、日本が本来めざすべき社会の在り方、私たちの生き方の反映であるべきです。
(文責:梅本龍夫)
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