【リグミの解説】
『ゼロ・グラビティ』アカデミー賞7冠
第86回アカデミー賞授賞式の直前に、『ゼロ・グラビティ』を観ました。監督賞、視覚効果賞、撮影賞、編集賞、音響編集賞、録音賞、作曲賞を受賞し、最多7冠に輝きましたが、それに値する作品と感じました。
重力のない宇宙空間の様子を再現するために、革新的なワイヤーシステムがこの映画のために開発されました。主演のサンドラ・ブロックが宇宙船の中を遊泳する姿は、どこまでも自然で見事でした。
「スペース・デブリ」の恐怖
人類が到達した宇宙空間での活動の「今」を描写した本作の白眉は、「スペース・デブリ」と呼ばれる宇宙のゴミの脅威を描いたシーンです。ロシアが自国の衛星をミサイルで破壊したところ、スペース・デブリが発生。それが他の衛星を破壊してしまい、さらに他の衛星もつぎつぎ破壊していきます。破壊の連鎖反応が止まらず、NASAの宇宙ステーションを直撃。主人公の女性科学者が宇宙空間に放り出されるという設定です。
地球の軌道上を周回するスペース・デブリに一定周期でくりかえし襲われるシーンは、象徴的です。2/18のリグミの解説で、核兵器の現状について「高度な技術は、発明することよりも、維持管理する方がむつかしい」というジャーナリストのエリック・シュローサー氏の声を紹介しました(
http://www.lgmi.jp/detail.php?id=2022 )。これは核兵器や原発だけの問題ではなく、宇宙開発の現場も、まったく同じ課題を抱えているように見えます。
「米ロ冷戦」という見立て
『ゼロ・グラビティ』でスペース・デブリが大量発生する原因をロシアに帰しているのも象徴的なシナリオです。米ソ冷戦構造は、長らく宇宙開発競争という「代理戦争」を生み出しましたが、今日の宇宙開発はもっと協力的です。それでも、「問題を起こすのはロシア」という設定が、ハリウッド映画としては一番観客の心情に素直に沿うものと想定されたのかもしれません。
そのロシアが、ソチ・オリンピックが無事終了し、次はパラリンピックというタイミングで、ウクライナに軍事介入しました。「ロシア軍、ウクライナ軍に最後通告」「米ロ、再び冷戦懸念」といったタイトルで新聞各紙は1面トップで大きく報道しています。ロシアは、1968年の「プラハの春」を破壊したチェコ侵攻以来、なぜかオリンピックイヤーに軍事介入を繰り返しています。
ガガーリンとアームストロング
米ソの宇宙開発競争を象徴する2人の人物がガガーリンとアームストロングです。1961年に人類初の有人宇宙飛行を実現したソ連のユーリイ・ガガーリンは「地球は青かった」と言い、1969年に人類初の月面着陸を実現した米国のニール・アームストロングは「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」と言いました。
月面から見た地球の映像は、まさにガガーリンが言ったとおり「青い地球」でした。その姿は、人類の意識をシフトする衝撃的なものでした。『ゼロ・グラビティ』でも、宇宙空間から見た地球の姿が描写されます。そこには国境はありません。しかし地球に降り立つと、国境をめぐるいざこざが今も絶えません。
創造し、維持し、進化する
『ゼロ・グラビティ』では、スペース・デブリがNASAの宇宙ステーションのみならず、国際宇宙ステーションも、中国の宇宙ステーションも、つぎつぎと破壊していきます。
映画では、ロシアが問題を引き起こす当事国として描写されますが、同時に主人公を救うのは、米国、ロシア、日本、カナダ及び欧州宇宙機関(ESA)が協力して建設を進めている国際宇宙ステーション(ISS)です。主人公は、ロシア製のマニュアルを繰り、ロシア語が印字された操作スイッチを押して、地球帰還を試みます。
私たちは、もう一度月面からの地球の映像を思い出し、自分たちの活動の功罪を見つめ直すべき時期にきています。破壊は本当に簡単に起きてしまいます。手を取り合い、切磋琢磨して創造すること、そして創造したものを維持し、さらに進化させること。それこそ、人類全体で取り組むべきミッションです。
(文責:梅本龍夫)
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