36ヵ所(東京新聞2013年11月8日朝刊12面)
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【先週の核心】
秘密保護法案に36ヵ所ある「その他」
東京新聞の11月8日朝刊12面に「秘密保護法案の全文」が掲載されています。ひとつの法律がこれほど長文だということに、まず驚きます。ざっと数えてみると、文字数は約1万5000字、400字の原稿用紙で38枚分です。
この記事を眺めると、一定のリズムで黒く塗られたところがあることに気づきます。よく見ると、「その他」という言葉が反転文字になっているのです。全部で36ヵ所あります。東京新聞は、こんな事例を示しています。
「例えば『外交』のうち、『イ』の外国政府との交渉内容などの情報に関する項目には『生命および身体の保護、領域の保全』とあり、一見すると国民の命や安全に関わる情報に限定しているように読める。だが、その後に『その他』がある。
法案を担当する内閣情報調査室は『その他』の前の『生命および身体の保護~』は、単なる『例示』と説明する。つまり範囲はこれに限定しているわけではない。この後に書かれた『安全保障に関する重要なもの』の範囲は『その他』によって、全く分からなくなっている。」
日弁連の秘密保全法対策本部は、「『その他』が何かまったく不明で、どの情報が特定秘密かわからない。政府が判断すれば何でも指定できる内容になっている」と批判しています。なるほど、これが「何が秘密かは秘密です」と揶揄される問題なのかと、なんとなくわかってきます。これは「大問題」なのか、それとも「よくあること」なのか。
法律を作ることと、契約書を作ること
私は、法律は門外漢ですが、企業と企業が一緒に組む合弁事業を始める際に、契約書を交わす仕事は何度もしました。特に海外の企業と組む際には、合弁契約書の作り込みは結構たいへんでした。
国が違えば、法律に対する感覚が違います。文化が違うと、ひとつの言葉の定義でももめます。日本語のニュアンスは、英語やフランス語などに反映しにくいことが多々あります。交渉の前線に立つ者は、自社の利益を最大化し、リスクを最小化したいという思うものです。交渉はどうしても「WIN-LOSE」の雰囲気になります。
間に入る弁護士は、「万一の場合に備えてこういう条項も入れておきましょう」とアドバイスします。すると、契約書はどんどん分厚くなっていきます。私が関わったある例では、厚さ約4センチの契約書になりました。でも、その中で本当に大事なのは、お互いの責任と義務の定義であり、何か問題が起きたときの対処方法、そして双方が譲れない状況になる「デッドロック」(行き詰まり)をどう解消するかぐらいです。
一番大事なもの
合弁契約書というのは、結婚する前に離婚でもめることを想定するようなものです。それは、経営者のハネムーン気分を吹き飛ばすところがあります。ここで相手の本音が見えてきます。本当にこの相手と組みたいのか?そして一緒に何を達成したいのか?譲れない一線は何なのか?交渉プロセスで自分たちの本音も試されます。
こうした実体験と、今回の「特定秘密保護法案」を比較すると、物事の発想が正反対だと気づかされます。合弁事業などの企業間の契約では、「一緒に事業を成功させたい」という大前提があるので、「信頼感」を大切にします。これに対して法律は、基本に「不信感」があります。法律の対象者は「わるいことをするから処罰しなければならない」という大前提があるからです。
合弁事業のように一緒にがんばろうという前提のものでも、法律家や交渉担当者などの実務者は、起きそうもないリスクを想定し、「その他」をたくさん考えだし、頭のシミュレーションを繰り返し、何か起きたときの対処法をあれこれと盛り込みます。これが国家の機密をどう扱うかということになれば、法律に「その他」が36ヵ所もできることも、「よくあること」なのかもしれません。
「その他」というブラックボックス
問題は、「その他」に込められている「不信感」です。違反すれば「懲役10年以下」という厳罰に処せられる可能性があるのですから、国家のさまざまな情報を扱う公務員は、今回の法律の条文を隅から隅まで読み込んで、「その他」に何が含まれるかを想像し、情報開示に消極的になるのではないでしょうか。
では、公務員のサービスを受ける国民の側はどうでしょうか。東日本大震災からの復興のために、国は大きな予算を用意しましたが、東北の復興とは関係が薄い事業に流用する事例が相次ぎ、大きな社会問題になりました。国務大臣を務めたある人物が、役人を問いつめたところ、次のようなやりとりがあったそうです。
大臣 「復興予算が調査捕鯨に流用されているが、これはなぜか?」
官僚 「被災地の鯨肉加工工場に調査捕鯨で捕獲した鯨を卸し、復興を支援するためです」
大臣 「だが、その工場は倉庫に何年分もの鯨肉が既にあり、新しい鯨はいらないと言っているそうではないか」
官僚 「シーシェパード対策もあります。調査捕鯨を妨害するシーシェパードに対して勇敢に戦う姿を見せることが被災地の人々を励ますことになります」
官僚にとっての「普通」は、ビジネスの感覚とは違うのかもしれません。予算をたくさん獲得し、その予算をきれいに使い切るのが、優秀な役人の証という話も聞いたことがあります。そういう独特のカルチャーに「特定秘密保護法」の網がかぶせられたら―。「屁理屈」としか言いようのないシーシェパード対策予算への震災復興費流用のように、秘密法の「その他」というブラックボックスの中に、あらゆる情報が放り込まれる可能性も、否定できません。
討論してほしい6つのポイント
こういう事例の話を聞くと、特定秘密保護法案は、役人の行動としては「よくあること」が、そのまま反映されてしまうことになるからこそ「大問題」なのだと思います。先の国務大臣経験者は、「法案の建前は、官僚を罰する規定になっているが、現実に運用を始めれば、官僚が政治家や国民を排除し、官僚自身を守る法律になっていく」と警告しています。
与野党の国会議員には、同法案をどうすれば役に立ち、後顧の憂いのないものにできるか、具体的に徹底して議論じてもらいたいと思います。以下は討論のための案です。
- 特定秘密の定義と設定ガイドラインを明確化する
- 第三者機関のチェックが二重三重に働く機構を設計する
- どのような情報も例外なく秘密期間を有限とする
- 行政情報の書類は秘密のレベルにかかわらず破棄せずアーカイブ化する
- 特定秘密の定義・運用と情報公開の定義・運用をセットで法案化する
- 現実的な選択肢として「時限立法」を検討する
率直な対話
合弁事業という「結婚生活」には、相手への思いやりと対話が欠かせません。2つの会社の間で不信感が生まれるような事態が生じても、相手の立場に立ち、一緒に解決していく姿勢を持てれば、たいがいの問題は解決できます。
国(政治家や官僚)と国民の関係も、根本は同じだと思います。官僚を縛る法律が、めぐりめぐって国民を縛ることにならないか。そんな「不信感」をふりはらう率直な対話が、国民の代表者である国会議員の間で活発になされていくことを願います。
【リグミの解説】タイトルとリンク
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2013年11月 4日(月)【メモ】野球の力
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2013年11月5日(火)【解説】「ネット依存」を癒す
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2013年11月 6日(水)【解説】食の物語を再生する
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2013年11月 7日(木)【解説】トヨタが牽引する未来
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2013年11月8日(金)【解説】特定秘密保護法案を考える
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2013年11月 9日(土)【メモ】人生のタイトル
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2013年11月 10日(日)【メモ】大きいことは
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【今週の主な予定】
11月11日(月) 劇団四季のミュージカル「キャッツ」日本初上演から30年
【今週の着眼】
猫ワールド体験
劇団四季のミュージカル「キャッツ」の劇場に足を踏み入れると、薄暗がりの中に舞台が浮かび上がってきました。スラム街の建物も、ゴミ箱も、すべて猫から見た大きさになっていて、猫ワールドに意識が切り替わる感覚が心地よかったのを覚えています。
「キャッツ」の日本上陸から30年が経ちました。通算公演回数8000回を超え、今年の3月に「ライオンキング」に抜かれるまで、長らく国内最多上演の記録を保持していました。本場ブロードウェーでも、「オペラ座の怪人」に抜かれるまで、ロングラン公演記録を作った名作ミュージカルです(参照:WIKIPEDIA)。
「キャッツ」の特徴は、なんといっても人間がひとりも出てこないことです。代わりに、個性的な猫たちが都会のごみ捨て場を舞台に、踊りと歌を繰り広げます。この猫たちを見ていると、猫は個性とプライドの生物で、アーティストのような存在だと感じられてきます。猫好きでない人も、猫に深い共感を寄せるようになること請け合いです。
一匹だけ「その他」
そんな個性派オンパレードの「キャッツ」の登場人物(いや登場猫)の中で、一匹だけ「その他」扱いされる猫がいます。かつては魅力的な娼婦猫でしたが今や美貌を失い、受け入れてもらえることだけが残された望みのグリザベラです。グリザベラが登場すると、他の猫たちは遠ざかります。これだけで、「その他」扱いのつらさが伝わってきました。
「キャッツ」の素晴らしさは、個性派の猫たちがそれぞれの人生模様を歌い踊る中で、しだいにグリザベラを受け入れていくところにあります。「その他」なんてない。みんなかけがえのない存在だ。生きていればきっといいことがある。グリザベラが「選ばれた猫」になるラストシーンは、「ありのままでいい」と感じさせてくれる感銘深いものでした。
「スターなきスター集団」
ミュージカルのような舞台興行は、「スター」がいて成り立ちます。観客は、演目もさりながら、舞台の中央に立つスターを見たくて劇場に足を運びます。しかしスター依存のビジネスは安定しません。スターは定義から言って特別な存在であり、「量産」できませんし、何かあっても「代替」が効きません。
現代劇を世の中に定着させたかった劇団四季のオーナーの浅利慶太氏は、「スター」と「その他」という区別をやめました。代わりに、ミュージカル俳優の誰もが主役になれるシステムを作り上げました。観客は、劇場に入るまで、その日の主役を誰が務めるかわかりません。俳優が違っても、同じクオリティーのミュージカルを保証するのが劇団四季のやり方です。
さらに、四季ファンを囲いこむ会員制度でチケット販売を安定させたことと、全国に四季劇場を作り興行場所を確保したことで、劇団四季のユニークなビジネスモデルが確立しました。その中でも、「スターなきスター集団」とも言うべき俳優活用システムは、興行ビジネスの大前提を変えた画期的なものだと思います。
「スター」になれる突出した力量がある人には物足りないかもしれませんが、ミュージカルの舞台に立ちたいと夢見る若人にとって、誰もが「主役」になれる可能性がある劇団四季は、魅力的な場なのではないでしょうか。人材を突出した「スター」と「その他」の引き立て役に分断せず、全員が「主役」を持ち回りで演じられる。「スターなきスター集団」は、ミュージカル以外の世界にも広めたい発想です。
━━◆ 今週のロゴス ◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「人は誰もが舞台に立っている。
輝く主役になれ。
ひとりひとりの命にゃ意味がある。
生きてく理由がある。」
― 桑田佳祐 ― (日本のミュージシャン、シンガーソングライター)
*ロゴス: 古代ギリシアで「真理を語る言葉」の意味
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