【リグミの解説】
トヨタの「稼ぐ力」
トヨタの「稼ぐ力」が急復活していると日経新聞が1面トップで伝えています。2014年3月期の連結税引き前利益が2兆2900億円になる見通しです。これは前期比63%増で、2008年3月期の過去最高益2兆4372億円に迫る水準です。
トヨタの幹部は、2008年のリーマン・ショック以降、地道に原価低減に取り組んできたことを第1の要因に挙げています。1工場で利益を出すには年間20万台以上生産する必要があったところを、「年産10万台でも利益を出せ」と号令をかけました。成熟した工場で、生産性を2倍にするのは無体な要求に見えますが、それをやりきるのがトヨタらしいです。
新車販売が北米で伸びていることも大きな要因です。最高益を達成した2008年3月期の世界販売(中国合弁を除く)は891万台でしたが、2014年3月期は910万台という予想です。円安の追い風も業績回復に寄与しています。それでもトヨタは手を緩めない覚悟です。「原価低減はむしろこれから」(同社幹部)。生産技術の現場では、1ドル80円、あるいは生産台数750万台でも稼げる体制を狙っています。
トヨタの「憂鬱」
そんなトヨタに、金融界も黙っていません。トヨタは配当性向30%を維持したいと発言していますが、証券アナリストの中からは、「30%は最低ライン。もうかっている時にはその上を求めたいところ」という声が上がっています。未来に備えた投資を進め、不測の事態に備えて内部留保を厚くしておきたいのが企業の本音ですが、「資本市場に株式を上場し、国の制度インフラを享受する限りは、たとえ耳に心地よい声でなくても聞かざるを得ない」と日経新聞も指摘しています(日経電子版「王者トヨタ、『復活』で深まる憂鬱」)。
トヨタの「憂鬱」は資本市場からの配当要求だけではありません。「日本は果たして長期デフレから脱却できるのか」。この懸念に応えるのがトヨタのベースアップ(ベア)です。豊田章男社長は「政労使会議」に出席を求められました。「政府は『トヨタがイエスといえば流れが生まれる』と明確にベアを求めた」そうです。
トヨタの総人件費(給与、退職金、労務費などの合計)は、2008年3月期には8392億円でしたが、これを5年間で7728億円にまで減らしました。「この努力を帳消しにしかねない国の要望だが、安倍政権はデフレ脱却に執念を燃やす。ゼロ回答では許されない雰囲気が永田町と霞が関では醸成されつつある」と日経新聞(電子版)は伝えています。
雇用の未来
日本の大手製造業が円高に悲鳴を上げ、こぞって工場の海外移転を進めた時代にも、トヨタは「国内生産300万台体制を死守する」と言い続けてきました。日本の製造業に頂点に立つ企業の社会的責任を感じさせる話ですが、総人件費を1割近く下げた背後には、雇用の不安に直面した従業員(特に非正規雇用)がたくさんいたのだと思います。
企業はベアを本能的に恐れます。固定費の増大が将来の足かせになるからです。しかしトヨタは、単に賃上げをするだけでなく、未来の自動車産業のビジョンを掲げ、それを日本で実現する覚悟が問われていますし、実際に実現する実力を備えています。
北米での自動車製造の象徴であったGMとの合弁事業NUMMIは、日本の製造業が頂点に上りつめた1984年にスタートし、トヨタがリーマン・ショックと北米での大規模リコールに苦しんだ2010年にクローズされました。今、NUMMIの工場や生産設備を使っているのは、電気自動車のベンチャー企業テスラです。
「テスラは、芸術家の工房のようなフェラーリの工場よりも、よほど大量生産の自動車工場らしい」とテスラ工場を視察した人から聞きました。トヨタが雇用維持から雇用拡大、そして給与水準の向上に向かうために絶対に必要なことは、未来を変える革新的な技術とアイデアです。ハイブリッド、電気自動車、水素で動く燃料自動車、さらには自動運転へとクルマは変わろうとしています。トヨタの企業努力が日本と世界の未来をどう牽引するのか。期待を込めて見守りたいと思います。
(文責:梅本龍夫)
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