【リグミの解説】
山崎豊子氏逝く―各紙のコラム
作家の山崎豊子さんが亡くなりました。享年88、週刊誌に最新作を連載する現役での大往生でした。新聞各紙の1面コラム欄に、戦後日本の暗部を重厚な筆致で描写し続けた大作家の死を悼むエッセーが掲載されています。
「現実が芸術を模倣する」
読売「編集手帳」は、詩人のオスカー・ワイルドの言葉「現実が芸術を模倣する」を引用し、戦闘機の機種選定を巡る政界と商社の癒着を描いた『不毛地帯』連載中にロッキード疑惑が浮上した逸話を紹介。先見性に満ちた作品に敬意を表しています。壮大なスケールと、細部のち密さを併せ持った、誰にも真似のできない作風を持った作家でした。
詩心を灯した先輩
毎日「余禄」は、戦後間もない毎日新聞大阪本社学芸部に山崎氏が女性記者として勤務していた時代の逸話です。デスクで後の作家・井上靖は「あなたはうんと詩を読んだらいい」とアドバイス。膨大な取材を積み上げる手法の芯に、詩心を灯してくれた先輩がいたことで、山崎さんの小説に一層の深みが生まれたのでしょうか。
退路を断つ
日経「春秋」では、毎日のコラムと連動するように、『花のれん』で直木賞を受賞したとき、かつての上司の井上靖が「直木賞受賞おめでとう。橋は焼かれた」と速達のお祝い。その一言で、もう後戻りできないと覚悟を決め、山崎さんは新聞社を辞めたそうです。そして『白い巨塔』『華麗なる一族』『不毛地帯』『二つの祖国』『大地の子』『沈まぬ太陽』『運命の人』と日本の実相をえぐる大作を発表し続けました。
「四十を聞き、一を書く」
東京「筆洗」は、山崎さんの取材姿勢を紹介。「『十を聞き、一を書け』が新聞記者の心構えだが、山崎豊子さんは『四十を聞き、一を書く』と言っていた。あの重厚にして悠々たる小説が一だとすると、四十とはいかなる努力か」。そして山崎氏84歳の時の言葉を紹介しています。「この年まで書き続けてこられたのは、学徒出陣と学徒動員のためでした」。
原体験としての戦争
山崎豊子さんの小説の原点に、戦争体験がありました。「戦時中は学徒動員のため軍需工場で砲弾磨きに従事した。フランスの作家、バルザックの小説を持っていたのが将校に見つかり、殴打された記憶は今も心の傷として残る。『戦争の不条理、その暴力性が、私たちの世代の心と体にはしみついている』と話す。毎日新聞大阪本社で新聞記者になったのは『正直いって、戦争が嫌だったから』」(引用:
産経ニュース)
戦争の時代と平和の時代
私たちは、1945年までの戦争の時代と、それ以後の平和の時代を分断しがちです。近年は「戦争の記憶」が急速に薄れてきています。その結果、戦争の時代は、一層わからなくなってしまっています。しかし、山崎さんの小説を読むと、戦争の実相は「今の時代」にも連続している、戦争の原因となった日本人の在り方は、反省なく継承されている、ということを実感させられます。
自分の身近にある真実を書く
平和の時代にも、社会の不条理はたくさんあります。それを戦争という究極の不条理の一歩手前で阻止する。それが山崎豊子さんの願いであり、自分に課した使命だったのではないでしょうか。井上靖さんは山崎さんに、「人は自分の身近なことを美化せず、真実を書けば、誰でも一編の小説が書ける」と助言しました。山崎さんは、それがきっかけで処女作『暖簾』を7年かけて書き上げました(参照:前掲msn)。
井上さんの言葉が、偉大な作家を誕生させました。山崎さんのような大作家にはなれなくとも、私たちも井上靖の言葉を実践できます。私たち一人ひとりは、現代史の生き証人です。そして親などの世代の記憶をたどって行けば、日本の近現代史が立ち上がってきます。山崎豊子さんの遺志を継ぐプロの作家たちの横に、「自分の身近なことを美化せず、真実を書こう」と志すアマチュアの書き手がたくさん現れることを願います。
(文責:梅本龍夫)
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