2013.05.30 thu

オバマのユーモア ~フランス田舎暮らし(22)~

オバマのユーモア ~フランス田舎暮らし(22)~


土野繁樹


一流エンターテイナ―・オバマ                        The Guardian

 
深夜、わたしは本を読みながら、突然、声を上げて笑うことがある。A級ユーモアに出会ったときだ。ユーモアとウィット(機知)は人生最大の愉みのひとつ、と固く信じているわたしは幸せになる。そもそも、ユーモアとウィットのない会話や議論、スピーチや文章はつまらない。
 
世界で最も影響力があり、最も責任が重い仕事は、アメリカのオバマ大統領の仕事だろう。内政、外交とも主要問題についてはすべて決定の責任があり、ホワイトハウスの記者会見では鋭い質問に答え説明しなくてはならない。
 
そのタフな仕事をこなすオバマが、今春も、ホワイトハウス担当の記者団が主催する晩餐会に招待され、恒例のユーモア・スピーチをした(1920年以来の伝統行事)。日本のメディアもそれを短く報道したが、わたしはホワイトハウスのサイトで全部を見た。これが実に面白く、一流コメディアン顔負けの20分の演技だった。
 
ラップの曲が流れる中の登場シーンからして凄い。自分を冗談のネタにしながら、政敵を茶化しメディアへ一矢報いるオバマ・ユーモアに、会場は爆笑の渦につつまれていた。以下、いくつかご紹介しよう。
 
「ミッシェル(オバマ夫人)はヴォーグの表紙を飾ったが、わたしもシニア・シティズン向けの雑誌の表紙になったよ。鏡を見ると自分はもう‘若き黒人イスラム教徒で社会主義者’じゃないことを認めざるを得ないね」(大統領選挙中、共和党右派からオバマはイスラム教徒で社会主義者だ、とデマを流されたことへの皮肉)
 
「選挙中、共和党支持者のアデルソンはわたしを落すため、TVスポット(汚い個人攻撃)に資産1億ドル(100億円)も使ったが、なぜ彼はそのカネを、わたしを買収するために使わなかったのかなあ。考えたかも知れないのに」
 
「CNNも来ているね。最近、批判を受けているようだが、彼らがあらゆるアングルからニュースを報道する姿勢をわたしは高く評価しているよ。少なくともその一つが正確な報道になるわけだから」(CNNの誤報を皮肉って)
 
ハイライトはゴマ塩アタマを隠すためのかつらを被った写真だった。ミッシェル夫人と同じような前髪を垂らしたオバマが映っているではないか。ご本人は「なかなかいけると思うよ」と言う。ここまで自分を茶化すのかと、わたしはおどろいた。


イメチェン・オバマ                                            White House Blog
 
 
この晩餐会に似た行事がもうひとつある。戦前ニューヨーク州知事を4期つとめたアル・スミス(カトリック教徒)の業績を称えて行われる、ニューヨークの枢機卿主催の年次晩餐会がそれだ。大統領選挙の年には、民主党と共和党の大統領候補が招待され、そのユーモアのセンスを競う(1960年にはケネディとニクソンの両候補が招かれた)。
 
昨年の秋はオバマと共和党候補ロムニーがユーモア合戦を繰り広げた。その日は、天下分け目の第三回目の公開討論の直前で、投票日まであと2週間という絶妙のタイミングだった。オバマは開口一番「オハイオ、フロリダなど選挙を左右する州でキャンペーンすべきなのに、こんな所でわたしは何をやっているのだろう」「一回目の公開討論中、わたしは昼寝をしてたよ」と緒戦の討論で惨敗したことに触れ、そのあとワサビの利いた冗談で会場を沸かせていた。ロムニーはモルモン教徒で酒もタバコもコーヒーも嗜まない堅物で、ユーモアとはほど遠い存在と思っていたのに、どっこい違っていた。「わたしは公開討論に備えて過去65年間、酒を一滴も飲まなかったよ」と鮮やかな一本だった。他にもいくつも冗談を飛ばし、オバマと同じくらいの笑を呼んでいた。
 
直接対決の公開討論では政策をめぐり激しく対立し、両陣営はTVスポットで過激、執拗に相手を攻撃するのに、一夕、枢機卿を挟んで笑と食事をともにするーこれはアメリカが誇るべき政治文化の伝統だろう。
 
ともあれ、日本ではオバマの自分を笑う冗談を自虐的ユーモアと言っているが、それは正確ではない。自虐は‘自分で自分を苦しめる’という意味だが、オバマのユーモアは明るく機知があり、すべてのことを吹き飛ばしてしまうパワーがある。
 
超大国アメリカの大統領のユーモアの感覚はどこから来るのだろう。自分を冗談のネタにするのは、自分自身をからかうことである。これは、自分という存在を第三者として見る感覚を必要とする。オバマのユーモアにはこの距離感がある。
 
それに、彼の人生哲学も反映しているー人生には成功もあり失敗もある、対立もあるが妥協もある、愉快なことも不愉快なこともある、理不尽なこともある。しかし、これが人生だ。だから、あまりしかめっ面をしないで、深刻なことも冗談のネタにして笑い飛ばして、愉快にやろうじゃないかーオバマのこんな人生観をアメリカ人の大多数が共有している。だから、メディアは晩餐会のスピーチをトップニュースで扱い、YOUTUBEで3000万人がスピーチの映像を見たのだろう。このユーモア感覚はアメリカ人の明るさとダイナミズムの源泉でもある。

 

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著者プロフィール

土野繁樹(ひじの・しげき)
 

フリー・ジャーナリスト。
釜山で生まれ下関で育つ。
同志社大学と米国コルビー 大学で学ぶ。
TBSブリタニカで「ブリタニカ国際年鑑」編集長(1978年~1986年)を経て
「ニューズウィーク日本版」編集長(1988年~1992年)。
2002年に、ドルドーニュ県の小さな村に移住。