2012.06.10 sun

原発再稼働は、日本の原子力エネルギー政策をどこへ導くのか

原発再稼働は、日本の原子力エネルギー政策をどこへ導くのか



6月9日の朝刊は、読売、朝日、毎日、日経、産経、東京の6紙がそろって、野田首相の大飯原発再稼働へ向けた記者会見の模様を1面トップ記事で報道しています。

「原発をどうするか」は、文字通り国論を二分する一大テーマです。そのため、各新聞社の報道スタンスも大きく分かれています。リグミでは、政治・経済・社会・文化・生活に関わる重要なテーマについて、「サードビュー」を提供していくことを、ひとつの役割と位置付けています。そこで、まずは新聞各紙の報道スタンスをマップに位置づけると共に、報道の概要を共有致します。

(*サードビュー:世の中の主流の見方を「ファーストビュー」、それに対抗する別の視点を「セカンドビュー」と位置付け、それらさまざまなビュー(考え方や視点)を客観的に把握し、多様なビューの相互関係を明らかにしていこうとする試みを、リグミでは「サードビュー」と呼びます)
 
日本の有力新聞各紙は、概ね同じ判断軸上で論説を展開しています。よって、ここでは「サードビュー」的な見方をする試みとして、以下のマップを使います。

マップは「原発賛成」対「原発反対」の軸と、「経済活動と足元の生活の優先」対「安全対策と安心できる生活の優先」の軸の組み合わせとなります。




以下、各紙の報道内容の概要です。


【読売新聞】:発行部数 992万部

原発推進を正しい判断として高く評価

「政府の迷走に終止符を打つ、強い意志を示した発言として評価する。

菅前首相は、昨年7月に政府内の議論を経ないまま突然「脱原発を目指す」と宣言し、国内の反原発運動を活気づかせ、国民の不安を煽った。

太陽光と風力だけで全電力量の3割を占める原発の代替をできるはずがない。原発の安全性を高めて活用するしか現実的な選択肢がないのは明白だ。

野田首相の会見後も、原発を巡る国論は二分された状態を続けるかもしれない。それほど福島原発事故と菅政権の拙劣な対応が日本国民に与えた後遺症は大きい。

資源小国の日本にとっては、原発は重要な電力源であるという世論が定着するには、なおしばらく時間を要するだろう。し

かし後世振り返って、6月8日の野田首相会見が大きな転機だったと言われるに違いない」

(2面記事:永原伸・政治部長の論説)
 

【朝日新聞】:発行部数 796万部

原発推進を拙速で矛盾に満ちた判断として批判

「今回の首相表明は、福井県の要求を丸のみしたものだ。それは再稼働のリミットが迫っているためで、7月下旬までに1基は動かさないと、夏の電力不足を乗り越えられない、との懸念がある。

そのため、『停電が起きれば、命の危険にさらされる人も出る。日常生活や経済活動は大きく混乱する』と不安をあおり、『日本の経済、社会全体の安定を考えての判断だ』と強調している。

だが、首相の発言には矛盾がにじむ。

  • 安全基準は『暫定的』と認めながら、期間限定の再稼働は否定している。
  • また『原発への依存度を可能な限り減らす』としながら『原発は重要な電源』と強調している。
  • そして福島第一原発事故の原因が特定されていないのに、『全電源が失われる事態でも、炉心損傷には至らない』と断言している。


こうした矛盾をはらみながら再稼働を急ぐ背景には、原発ゼロとなったときの電力会社の経営悪化懸念がある。

  • 原発を動かさないと、電力会社の燃料費がかさみ、大幅な赤字となる可能性がある。
  • 電力値上げは、東電のケースを見れば消費者の猛反発は避けられない。
  • 電力会社が経営難になれば、金融機関の融資損、そして政府による更なる財政負担増となる。

結局、「原発は安い」という前提での判断となっているが、核燃料の最終処理費用、廃炉の費用、事故の際の除染費用などを含めたコストを検証しないまま目先の利益のための再稼働に舵を切っている」

(2面記事)
 


【毎日新聞】:発行部数 345万部


原発再稼働表明の背景を客観的に報道

「国会の事故調査委員会の検証作業が完了しておらず、免震事務棟が完成していないなど、事故対策は途上にある。

国会事故調の黒川清委員長は、『なぜ国会事故調の報告を待ってからやらないのか』と批判した。

工藤和彦・九州大学特任教授(原子炉制御工学)は、『政府の基準で一定の安全性は確保され、電力不足を重く見た判断は理解できる。安全度を高める不断の努力が必要だ』と話す。今回の再稼働表明の背景には、福井県の西川知事との間で、原発の位置づけについての綱引きがあった。

西川知事は『原発は基幹電源として必要であることを明瞭に表明してもらいたい』と要請していたが、これは政府方針の『脱原発依存』とは相いれないものであった。

首相は、『原発は重要な電源だ』と強調することで、西川知事の理解を取り付けた。政府は、関西広域連合が求める『期間限定の再稼働』に対する落としどころも探っていたが、首相が最後に尊重したのは立地自治体の意向だった」

(2面、3面記事)
 


【日経新聞】:発行部数 301万部


原発再稼働表明の背景を立地自治体との関係で報道

「国の政策が揺らぎ、立地自治体には不信感が生じていた。首相は、『関西を支えてきたのが福井県であり、おおい町であります』『再稼働は国の責務』と訴え、立地自治体への配慮を鮮明にした。これは福井県の西川知事への満額に近い回答だった。

だが首相は会見で、『政権としては中長期の方針として原発への依存度を可能な限り減らす』とも表明しており、菅直人前首相が打ち出した『脱原発依存』の基本路線を大きくは変えない姿勢も示した。

短期的には原発を動かすが、中長期では脱原発という政府の方針は立地自治体からは『二枚舌』とも受け取られかねない。国が長期的にも原発を続ける方針でなければ、原発を軸とした町づくりも揺らぎかねないからだ」

(3面記事)
 


【産経新聞】:176万部


原発推進を正しい判断として高く評価

「野田首相による明確かつ力強い決意表明だ。今後も原発の利用を続ける姿勢と覚悟を国民に示した。『国民の生活を守る責務』から自らの責任で大飯原発再稼働が必要とした首相の決断を高く評価したい。

関電管内は14.9%の電力不足に陥る。節電や電力の融通頼みでは、電力の安定供給はおぼつかない。地元産業界からも『工場の操業計画が立てられない』など不安の声があがる。このままでは工場の海外移転などで一段の産業空洞化を招く恐れがある。

政府は、大阪市を含む関西広域連合や、再稼働を拒む反対勢力などに対しても毅然として説得する姿勢が求められる。菅前首相による浜岡原発の停止要請など場当たり的な政策は、立地自治体の不信感を招いた。

今後は東電柏崎刈羽など他の原発の速やかな再稼働につなげる必要がある」

(2面社説)
 


【東京新聞】:発行部数 55万部


原発反対の立場から厳しく批判

「東電福島第一原発事故を受けた緊急安全対策により、重大事故は起きないはずだから年のための対策はとりあえずしなくても大丈夫―政府が強調する大飯原発の安全性とは、この程度のものだ。

政府は、再稼働を優先し、重要な対策でも時間のかかるものは先送りを認めている。

  1. まずは免震施設。大飯原発にはなく、整備は3年先になる。
  2. また大飯原発には、汚染蒸気を外部に放出するベント設備がなく、放射性物質を除去するフィルターもない。こちらも設置は3年後となる。
  3. 原発の熱を海に逃がす海水ポンプを守る防潮堤が作られるのは来年度だ。
  4. 低地にある大飯と高浜原発のオフサイトセンター(OFC)は大津波で役立たなくなるので、敦賀、美浜両原発のOFCで代用するのが政府方針。
  5. 住民避難計画も福井県内に留まり、隣接する滋賀県、京都府とは連携しない柔軟性のないものだ。


野田首相の詭弁を並べ立てたとの印象をぬぐえない。

  1. 野田首相は、火力発電への依存が高まると中東の石油に頼ることになり、輸入に支障をきたすと石油ショック波の痛みを伴うと言うが、現在の火力発電の燃料は石炭や液化天然ガスが主体で、価格の高い石油は1割程度。しかも関電の石油輸入先はインドネシアと別な部が95%である(2010年度実績)。
  2. 『安価で安定した電気を供給する原発の存在は欠かせない』と言うが、原発の立地や推進に多大な交付金や補助金を投入しており、決して安価ではないことは政府のコスト等検証委員会でも証明されている。事故に備えた保険も引き受け手がないため、民間保険費用も事実上免除されている。さらに一旦事故になれば被害者への賠償や廃炉、除染で数十兆円に上るコストが想定される。
  3. 『関西での15%の受給ギャップ』は第三者の検証委員会を経た数字ではあるが、検証期間はわずか3週間。省エネ効果などはまだ拡大できた、との声もあり、専門家の知見が十分に反映されていない可能性がある。


全体として野田首相が繰り返し述べた「責任」には根拠がなく、精神論の域を出ない」

(1面、2面、3面記事)
 


【リグミのコメント】

3つの問題
野田首相が大飯原発再稼働の判断を出したことは、一国の首相がエネルギー政策の「軸」を明言するという意味では評価できます。

しかし、その内容と根拠は、3つの意味できわめて問題含みです。

  • 第1に、安全に確証がないままの見切り発車となっています。
  • 第2に、夏場限定の再稼働案を「国民の生活を守れない」と一蹴していますが、その根拠が示されていません。
  • 第3に、中東の石油に過度に依存するリスクと発電コストの高騰を理由に、原発を中長期の重要な電源と位置付けていますが、一国のエネルギー政策の根幹が問われている時代に、「国民の生活」という言葉で目先の利益・利便を優先した判断を示してしまっていることです。

安全のコストを計算する前提
第1の「安全の確証が得られていない」問題のついては、東京新聞に具体的に掲載されています。こうした問題が残る限り、再稼働とは常に「暫定的」な判断に留まるものであるべきです。夏場のピーク需要に対応し、需要が落ち着き次第、稼働を停止しメンテナンスをしっかり行い、次の需要ピークに備える、というプログラムを向こう数年繰り返すのが現実的かつ妥当な運用政策になるのではないでしょうか。

第3の「原発のコストが安い」という観点については、諸説があり、慎重な判断が必要です。ひとつ確実に言えることは、一旦事故が起きたとき、他の発電設備とは比較にならない甚大なコストが発生する、ということです。

福島第1原発の廃炉が如何に大変な作業となるか、NHKで放映された『サイエンスZERO 原発事故 冷温停止状態 浮かび上がる課題』が参考になります。「循環注水冷却システムの度重なるトラブル」「増え続ける汚染水」「放射性廃棄物をどうするか」「溶け落ちた燃料が、どうなっているかさえわからない状態」など、いったん深刻な原発事故があると、国民が背負うことになる不測の事態と解決のための時間と費用は甚大なものになります(参照:NHKオンディマンド)。

正に、野田首相の大飯原発再稼働の決意表明を各紙が報道した6月9日に、『NHKスペシャル MEGAQUAKE II 巨大地震 第3回 “大変動期”最悪のシナリオに備えろ』が放映されました。日本列島が、大災害が連続する大変動期に入った可能性を報道しています。この番組では、世界のマグニチュード9以上の地震の後には、例外なく数年以内に火山の噴火が起きていることを紹介しています。また、平安時代の869年に東日本大震災と同じ東北沖合で同規模の地震があり、その9年後の878年に関東で大地震、さらに9年後の887年に東南海地方で大地震が続いたことを伝えています(参照:NHKオンディマンド)。

原発の安全性を確保するためのコストを計算する前提としてきた日本列島の自然環境などの諸条件が、構造的な変化をきたしているのが、東日本大震災以降の日本の現実ではないでしょうか。

グローバル・パースペクティブ
今回野田首相が表明した判断の影響は、大飯原発の当面の再稼働問題に留まるものではありません。「一国のエネルギー政策に原子力エネルギーをどう位置付けるか」という根本問題に関わる判断が、大局観のないまま、事実上示されてしまっていることを強く懸念します。

原子力エネルギーをどう位置付けるかは、国内問題にとどまりません。世界が、東日本大震災後の日本が打ち出す方向性を注視しているのです。実は、我が国が打ち出す根本政策は、私たちがどのような世界を創造したいのか、という主体的意思の表明となるのです。

そういう意味でも、日本のマスコミは、もっと大きな視点で見ていく必要があります。「サードビュー(第3の視点)」は、「グローバル・パースペクティブ(地球規模の視点)」を常に含むものであるべき、とリグミは考えます。

(このあと別稿で、世界がどのような視点で日本の動向を判断しているか、見ていきます)