2013.04.10 wed

脱税天国 ~フランス田舎暮らし(18)~

脱税天国 ~フランス田舎暮らし(18)~


土野繁樹

 
カユザック前予算相          事件を伝える地元紙Sud Quest
 
‘死と税金以外、この世で確かなことはなにもない’と言ったのはベンジャミン・フランクリンだった。しかし現代その格言も古くなっている。人の死は確かだが、税から逃れることはそれほど難しくない。そして金持ちほど脱税に熱心だから、世の中がおかしくなる。
 
フランスではいま、模範的な政治をすると約束して政権をとったオランドの社会党政府が脱税スキャンダルで揺れている。前代未聞のスキャンダルに国民は怒り、政権の威信が地に落ちている。事件の発端は昨年12月、調査報道で定評のあるオンライン・メディアMediapartが掲載した‘カユザック予算相、スイスに隠し口座の疑い’の記事だった。カユザックは赤字財政の立て直しに取り組む政権の重要閣僚で、厳しく税を取りたて緊縮予算を組む責任者だった。
 
彼は心臓外科医で、保健省のアドバイザーとなった後、製薬会社のコンサルタントとヘア・クリニック(髪の移植クリニック)で財をなし、社会党の下院議員となり、党内で財政に最も強い人物として予算相に任命されている。パリの高級住宅地に広大なアパートを持ち車はジャガーというから、‘シャンパン社会主義者’の典型だろう。
 
疑惑が浮上すると、カユザックはマスコミのインタビューに答えて繰り返しその事実はないと否定し、Mediapartを名誉棄損で告訴した。国民議会で野党から説明を求められた彼は「過去も現在も外国に銀行口座をいちども持ったことはない」と全面否定、大統領と首相から直接問い正されると身の潔白を訴えた。予算相がこれほど否定し、同僚閣僚が彼を支持しているのだから、疑惑報道はまゆつばものだと国民は思い、一件落着かと思われた。
 
ところが、3月下旬カユザック予算相は突然辞任を表明する。理由は‘自分は無実だが、検察が調査を開始したので政権に迷惑をかけるのを避けたい’だった。シロクロの決着は法廷でつくだろう、と誰もが思っていた。が、4月になりカユザックは過去20年間、スイスに預金口座を持ち、現在はシンガポールに60万ユーロの口座があることを告白した。検察当局に動かぬ証拠を突きつけられたのだろう。
 
脱税を取り締まる大臣が自ら脱税し、マスコミ、大統領、とりわけ議会に嘘をつき続けたこの事件に、国民はあきれ果て怒り心頭だ。サルコジ前大統領の野心むき出し、派手好みのキャラクターに嫌気がさして、‘普通の人‘オランドの登場に期待をしていたのに、国民は右も左も同じじゃないか、という気分になっている。この政治不信は深刻だ。

Mediapart創立5周年記念日のプルネル                  Mediapart            
 
予算相の脱税事件をスクープ報道したMediapart代表エドウィ・プルネル(写真)は、いまや時の人である。テレビやラジオに連日出演しインタビューを受けている。彼の経歴を調べてみると、若い頃から凄腕のジャーナリストであったことが分かる。読者は1985年の虹の戦士号事件を覚えているだろうか。(フランスのムルロア環礁での核実験を阻止するために、ニュージーランドのオークランド港に停泊していた環境団体グリーン・ピースの虹の戦士号を、フランスの情報機関が時限爆弾で沈没させ死者をだした事件)
 
当時、ルモンドの記者だったプルネルはこの事件を徹底的に調べあげ核実験の障害を排除するための情報機関の作戦だったことを突止め、ミッテラン大統領の承認を得た国家テロであることを暴露する。エリゼ宮はプルネの情報ソースを知るために、彼の電話を盗聴していたという。
 
ルモンドの編集長を務めたあとプルネルは2008年にMediapartを創刊し、次々とサルコジ政権のスキャンダルを暴いた。カユザックが隠し口座があることを告白した翌日、彼は次のように言っている。「今日の新聞、テレビはカユザックを叩きのめしているが、この4ヵ月なにをやってきたのか。これはフランスの既成ジャーナリズムの弱さを示していると思う」「エリゼ宮の情報収集能力に比べると、Mediapartのそれは小さなものだ。この間、エリゼ宮は一体なにをしていたんだろう」。彼の政治的立場は左翼だが、不正、腐敗には左も右も関係なく情け容赦がない。
 
いまメディアの関心は、大統領はカユザックが告白するまで本当に事実を知らなかったのだろうか、という点に集まっている。知っていて予算相を庇っていたとしたら、隠ぺいに加担したことになる。もし、それが証明されると、オランドはどうするのだろう。大統領をよく知るプルネルは「他の連中が知っていたように、オランドも知っていたと思う」と言っている。この事件にはもう一幕も二幕もありそうだ。
 
タックス・ヘイブン地図                   Le Monde 2013,4.5      
 
カユザックの告白から2日後の4月4日、この事件が小さく見えるビッグ・ニュースが飛び込んできた。ワシントンにある国際調査報道連合(ICIJ)が、秘密のベールに包まれたタックス・ヘイブン(税金天国=租税回避地)の全貌を明らかにする膨大なデータを入手し、その分析結果がこれから公開されはじめるという。
 
そのデータはウィキリークスの米国外交秘密文書データより162倍もあり、250万のドキュメントがあるというから凄い。内部告発者がICIJ宛にハードディスクで送りつけた内容は、まさに情報の宝庫だった。そのなかには、タックス・ヘイブンのふたつの金融サービス会社の顧客12000の企業とファンドの取引のすべての記録が入っていたからだ。顧客の大多数はカリブ海の英領バージン諸島、ケイマン諸島に登記されていた。
 
タックス・ヘイブンは脱税、粉飾決算、資金洗浄の温床だから、登記上の会社はぺーパー・カンパニーで、社長や役員はたんなる名義貸しの場合が多い。だから、そこから本物の資産のオーナーを割り出す作業は大変だったようだ。ICIJは46ヵ国のジャーナリスト86人と世界の36のメディア(ルモンド、ワシントン・ポスト、ガーディアン、朝日など)の調査協力体制をつくり、14ヵ月かけて公表にこぎつけた。
 
ルモンドはウィキリークスをもじってオフショアリークス(Offshore Leaks)と題し7頁を使って特集し, 隠し資産のオーナーの名前の第一弾を公表している。明るみにでた名前はギリシャの村人、ウォ―ルストリートの詐欺師、フィリピンの独裁者マルコス元大統領の娘、モンゴルの国会副議長、ロシア副首相の妻と多彩だ。日本人はオリンパスの粉飾決算に関係した人物だけだが、いずれ日本人の名前もでてくるだろう。登録リストのなかには中国人、香港人、台湾人の名前が非常に多いというから、共産党幹部の名前も浮上してくるのではなかろうか。
 
上の地図はルモンドが載せたタックス・ヘイブンがある国・地域が96もある。元祖スイスなどに並んでモンゴルなど多くの開発途上国が手数料稼ぎで名を連ねている。
 
わたしが特集を読んで仰天したのは、タックス・ヘイブンに流れた個人資産の総額である。ジャームス・ヘンリー(マッケンジーの元チーフ・エコノミスト)によると、その額は2100~3200兆ドルで、日本とアメリカのGDPを合わせた額(約2000兆ドル)より大きいというのだ。
 
しかし、脱税目的の個人資産の総額がどれほどなのかは分からない。相当な額になるのは確かだ。ひとつの目安としてEU圏から税を逃れてタックス・ヘイブンに流れるカネは年間1兆3500億ユーロと推定されている。これはEUのGDPの10%強にあたる。これが税の対象となると、財政立て直しに必死のEU諸国はどれほど助かることだろう。これは他の国でも同じだろう。
 
この巨大なマネーの存在とその流れは、世界経済を揺るがすパワーを持っている。時に投機マネーとしては破壊的な力を発揮する。リーマン・ショックのあとのG20でタックス・ヘイブン規制が合意されたが、それが実効された気配はない。だが、オフショアリークが伏魔殿に攻撃をしかけたおかげで、納税の義務というデモクラシーの原則を裏切るカネの亡者たちの手法と名前が明らかにされつつある。
 
フランクリンの格言をせせら笑っていた(と思われる)タックス・ヘイブンに隠し資産をもつ現代の金持ちは、いまや戦々恐々だろう。この格言はフランス革命が起こった1789年に書かれ、その数年のちにはルイ16世のクビがギロチンで斬られた。
 
金持ちの皆さん、フランクリンが言ったように、この世で確かなことはなにもありません。そろそろ年貢の納めどきですよ。
 
 
 

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著者プロフィール

土野繁樹(ひじの・しげき)
 

フリー・ジャーナリスト。
釜山で生まれ下関で育つ。
同志社大学と米国コルビー 大学で学ぶ。
TBSブリタニカで「ブリタニカ国際年鑑」編集長(1978年~1986年)を経て
「ニューズウィーク日本版」編集長(1988年~1992年)。
2002年に、ドルドーニュ県の小さな村に移住。